第六撃
勝利の夜は気持ちが高ぶってなかなか眠りに就けない。
弟子の勝利は自分の勝利と言ってよかった。
自室のベッドの中でサンドラ・アーチャーは一人目をとじながら微笑んでいた。
なかなか寝付けず、ついに目を開いてしまう。
真っ暗な闇がそこにはあり、眼球を動かすと闇に慣れた目がぼんやりと部屋の中の様子を捉える。
友麻は何だかんだ言ったところでよくやってくれている。今のところ、オメガスクリームⅡ世の成績は無傷である。このまま進んでくれればかつての自分、オメガスクリームⅠ世の記録を追い越して、そしてサミュエラ・チャンピオンになってくれるのではないだろうか、と、都合のよい想像が進む。
かつての自分が叶えられなかった夢であるサミュエラ・チャンピオンの座をオメガスクリームⅡ世に獲得させるのが今のサンドラの目標だった。
友麻の才能を見抜いた自分の目はやはり確かだった。自分とは少し闘い方のタイプが違うが、それでも自分の教えたことをどんどん吸収して強くなっていっている。どちらかと言えばオメガスクリームⅠ世は技術タイプで、Ⅱ世は力押しタイプなのである。その違いをキムも良く考えてトレーニングの指導をしてくれている。キムにも感謝の気持ちでいっぱいだった。
現役の頃は、このように心の底から人に感謝することはほとんどなかった。
思い出してみれば傲慢な選手だった。自分の才能だけで勝ち進んでいると思っていたし、トレーナーやジムの会長は自分の才能にぶら下がっているだけだとも心の奥底で思っていた。
事実、そう思ってしまうほどに勝ち進むことができたし、感覚が狂うほどにマネーを稼ぐことができた。チャンピオンシップでない試合でこれほど稼ぐことができた人間も少ないだろう。そんなところも自分を勘違いさせた。
確かに自分の才能によるところも大だったとは思うが、それ以上にスタッフやファンたちの支えが大きかったことは今になって振り返ってみれば否めない。
考えてみれば効率的な練習メニューなど自分一人の力では思いつかなかったし、精神的な支えになってくれた人もたくさんいたのである。
足を引っ張った人も確かに中にはいたのは確かである。
それでもそれ以上にそれぞれの事情で自分の力になってくれていた。
今更感謝の言葉を述べにそれぞれの人のところに訪れるわけにはさすがにいかないが、そうしたい気持ちもないではない。
サンドラが片腕をうしなってから離れていった人は多くいる。都合よく自分を利用するだけだった人も確かにいた。
それでも、それまで支えてくれた人々の力添えには感謝したかった。
どうして現役当時の自分には感謝する気持ちがなかったのだろう、と悔やまれる気持ちでいっぱいである。
今の友麻にはそれがわかっているだろうか。
自分に感謝して欲しいというわけではない。むしろ自分のやっていることなどは大して力になれていないかもしれない。
だが、キムや応援してくれているファンには感謝する気持ちを持って欲しいと、サンドラは思うのである。
再びまぶたを閉じた。
部屋の外からばたばたとした足音が聞こえてくる。
またか、と気づいた。
しばらくして、鳴き声のような泣き声が聞こえてきた。
このような夜時間でなかったら気づかなかったかもしれないほどの聞こえ具合である。それでも部屋の空気を震わせるかのような感じがあり、そう感じるのは、
(同情しているからか?)
優しくしたい。
頭に手をやって、ざらざらとした感触を確かめる。
優しくできないのは未熟さのせいであるに違いなく、年齢を重ね、かつての周囲に感謝するほどの成長をし、しかしながらそれでもこうしてためらってしまっている。
考えていると、いつの間にか泣き声は止んでいた。
ぱたぱたとした足音が部屋の前までやってくる。
足音はこの部屋の前で止まった。
サンドラはドアに目をやった。
じっと見つめ、ドアの材質を越えて透視できはしないかと馬鹿なことを思ってしまう。
そんな自分にくすりと笑いかけるが、表情を引き締める。
あからさまに優し気な表情はかえって同情を相手に意識させてしまうだろう。
身を起こし、立ち上がって、
「入って良いよ」
声をかけた。
ノブに手をかけるような微かな音が聞こえたような気がした。
おそらく触れただけなのだろうが、そのまま硬直したかのようにドアが開かれることはなかった。
こちらから開けるべきか。
当然、躊躇した。
そのようなことをすれば相手に気おくれさせてしまうかもしれない。
(さて?)
迷いかけると、ドアがキイイと音を立てて開いた。
現れた友麻のパジャマの胸のあたりが薄く上下するのが視界に入った。
挨拶さえせず、あの攻撃的な友麻がひどくおびえたような表情を見せている。口を小さく開いては閉じ、目をさまよわせ、うなだれ、再び頭を上げるや、しかしながらひきつった微かな笑みを見せる。
「わたしのベッドの上に座れよ?」
無表情を心がけてサンドラは口にした。
友麻の膝がときどき小さく折れかけるのが視界の端にうつった。踏み出しかけては止めているのだろう。
優しくしてやるべきなのだろう。
しかし苛立ちもする。
サンドラは右手を伸ばし、友麻の腕を掴もうとした。
友麻は先ほどまでのためらいが見せかけなのではないかと思えるほどにすばやく背を向け、自室へと走って行った。
「わたしではだめなのか」
つぶやきが闇の中に染みていくようだった。




