第四撃
「ただいま」
二人が声を揃えて玄関をくぐる。
シャトルの発着場でキムと別れ、友麻とサンドラの二人は自宅に帰ってきた。
サンドラと友麻の家は小さくもなく大きくもなく、二人で暮らす分には充分に広い、といったサイズだった。このコロニーにありがちな真四角の箱のような造りで、際立った特色と呼べそうなものは何もない。
「じゃあ、おやすみ」
友麻はそれだけ言って、自室に向かい、入るなり電灯をつけた。途端に、ベッドとクローゼット、そして机のほかにはほとんど物がない部屋が視界に入る。なにも特徴がない、というのがかえって特徴と言えるのではないか、と我ながら思える。
サンドラから与えられた自室はリビングの次に大きい。この部屋を与えてくれたことについては感謝している。
別に、サンドラのことを嫌っているわけではない。ただ、時々に少し合わないところがあるのである。一緒にやっていく以上ある程度仲良くしなければならないというのは、まったくその通りだと思う。だから、明日になったらうまくやってみせたいという気持ちはあるのである。しかし、今日は無理だった。特にあのようなことを二度も言われては、許しようもない。
そんなことを考えながら、ジャケットを脱いだ。
ポケットに収めていたモバイルが振動するのを感じた。ポケットから抜き出して画面を見やると、そこには、
スージー・ブラウン
の名が表示されていた。モバイルを操作して受信し、耳に当てる。
『ハロー、マイ・フレンド!』
楽しげな、明るい声が耳に響いた。
電話を切った。
数秒とたたず、再びモバイルが振動を始める。断続的に震えている。百回ほど震えるのを数えた後、しつこいと思いながらも再び電話に出た。
『ハロー、マイ・フレンド!』
「別にあんたとは友達なんかじゃない」
声音に表情をつけずに言った。
『あっはっはっは!
今日の試合、見てたよ』
スージーは一笑し、気にしていない風に話を続けた。
モバイルを手放し通話モードにし、机の上に置いた。ジーンズのベルトのバックルに手をかけ、金具を外す。
『格闘技のことわたしはよくわかんないけど、ユーマは強くなったよ』
「そう」
ジーンズのボタンを外し、ジッパーを下ろし、脱ぎ下ろす。ジーンズは足元に8の字を描いて足首に絡まる。そこから片足ずつ抜いて、下半身がいましめから解き放たれたとで
もいうように息を吐いた。
『デビューする前は、ユーマがこんなに強くなるなんて思わなかったな』
感慨深げにスージーが言った。
「あたしなんて、まだまだだよ」
『そうなの?』
スージーはオメガスクリームⅡ世のファンでいてくれているが、〈ZGA〉に関しての基本的な知識さえない。おそらく、友麻が〈ZGA〉の選手でなければ興味さえ持たなかっただろうという人間である。オメガスクリームⅡ世が友麻だから応援してくれている、そういうことなのである。
友麻は両手でシャツの端を掴んだ。
「そうさ。
まだこのスペース・コロニーのチャンピオン、ローズ・チャンピオンにさえなれていないんだから」
シャツを一気に捲り上げ、脱ぎ捨てる。そうして、ブラジャーとショーツだけの姿になった。その下着も飾り気のないスポーツタイプのものである。可愛らしいものは一つも持っていない。持っている下着はすべてスポーツタイプのものだった。
『その、ローズ・チャンピオン、になったら、強いって言えるの?』
言われ、鼻で笑った。
「まさか。
今のローズ・チャンピオンは、スターストームっていうんだけど……、そいつよりも強い奴なんてゴロゴロいるんだ。
どういうことかってえと、ローズ・チャンピオンの上には、このコロニー群〈サミュエラ〉全体のランキングに入る、サミュエラ・ランカーっていうのがいて」
『わかった! その、サミュエラ・ランカー、ってのが、強いんだ!』
モバイルの向こうから、がたん、と音がした。どうやら立ちあがったらしい。
「話を最後まで聞けよ。
サミュエラ・ランカーの頂点に、全体のチャンピオンの、サミュエラ・チャンピオンがいるんだ。
そこまで行ったら、さすがに強いっていえるかな」
『そこが最強なんだ』
友麻はブラジャーのホックを外し、ブラジャーを腕から抜く。
「それもどうかな……」
『じゃあ、どこまで行ったら強いって言えるのさ』
スージーは少し怒った様子である。どこまでいっても言ったことが否定されるのが気に食わないらしい。
友麻はショーツを脱ぎながら、
「強さの定義なんて色々あるだろ。
一概に誰が強いなんて言えないよ」
『じゃあ、友麻は強くなりたくないの?』
「どうかな……」
友麻はあいまいな声音で笑った。
クローゼットの前に立ち、扉を開け放って中にある棚からパジャマを取り出す。
「あたしは別にチャンピオンになるのが目的でも、強さを目指しているわけでもないからな」
『ユーマはそうだったね。
ユーマ、地球に帰っちゃうんだったね』
寂しげにスージーが言った。
「そういうこと」
スージーの感情に引きずられることなく友麻は応じ、パジャマにそでを通す。
「だから、いずれスージーとも別れることになるな」
パジャマ姿となった友麻はそう言って通話を切った。




