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無重力格闘少女伝説オメガスクリームⅡ世  作者: 川場託
VS.サンダークラップ
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第三撃

「要するに、あれだろう。

 今回の闘いは、コキュートスに連続で攻撃をさせまくって、そのうちに雑になってくるのを狙ってカウンターを仕掛ける、ということだったんだろ」


 スペース・シャトルの右の隣席に腰かけているサンドラのその言葉を、オメガスクリームⅡ世、否、三崎友麻は聞き流した。


 友麻は髪の毛を今は解いている。服装も着替えて、ジャージの上下を着ている。ラフな格好だが、市街地にショッピングに行くわけでもないし、こうした服装でも充分だった。


 このスペース・シャトルには窓がない。だから、星空も目に入らない。それは友麻にとってありがたいことだった。ほとんど宇宙空間に暮らしているといっても過言ではない環境なのに、星空を見る機会はほとんどなかった。スペース・コロニーの内部に暮らしているうちは星空が視界に入ることはまずないし、試合会場にいてもそこはそこで、そこは巨大な岩をくり抜いた中にあるので、やはり視界に入ることはない。その両者を行き来するスペース・シャトル内でも、こうして窓がなければやはり目に入ることはなかった。


 この時間、このシャトル便の客はまばらである。もう一方の隣席のキムと、後は十人ばかりが乗っているだけだった。未だ試合は続行中で、メインイベントはまだのはずだから、この時間で試合会場からスペース・コロニーに帰る人はほとんど業界関係者くらいのものだろう。


「それにしても、ユーマは成長したよ。

 指示した通りに的確に動けるようになったものな。

 初めの頃の試合なんてほとんど何もできずに終わっていたのにな」


 それにしてもサンドラはうるさい。キムと席を代わってもらえば良かった。角が立つからそんなことは口が裂けても言えないが、今はサンドラとは話がしたい気分ではなかった。もっとも、よくよく考えてみれば、この態度もずいぶん角が立ちそうなものではあったかもしれないが。


「なあ、ユーマ。

 こっちが色々話をしてるんだ。

 少しは返事をしたり、相槌を打ったりしてくれてもいいだろ。

 キムからも何か言ってやってくれよ」


 サンドラは屈み込んで、友麻を越えてキムに視線を向けた。


「別にわたしからは何も」


 キムはすました表情を変えない。キムはいつもその調子だった。今もモバイルにイヤホンをつないで、何らかの音楽を聞いている。何の音楽かはわからなかったし、おそらく聞いたとしても地球人の友麻にはわからないものだろう。


「何も、って。

 何かあるでしょう。同じ仲間なんだから、かけるべき言葉が」


「興味ありませんね、そういうことには」


 キムはにっこりとサンドラに微笑みを向けた。笑ってはいるが、拒絶の意思がそこからは読み取れた。


 キムにはそんなことを言っても無駄なのに、と友麻は思った。オメガスクリームⅡ世のトレーニングの管理とセコンド業務以外にまったく興味を示そうとしない。気難しい職人めいたプロフェッショナリズムさえそこからは感じられた。


 サンドラは小さくため息をついた。


「わかった、わかったよキム」


 肩をすくめ、サンドラは再び友麻に話しかけてくる。


「でもなユーマ、わたしは思うんだ。

 こんなふうにぎすぎすした感じのままでいつまでもやっていけるわけはないだろう? こんなことをいつまでも続けているといつの日にか破綻してしまう。

 狎れ合おうとは言わない。そこまでのことは求めていないさ。

 でもな、長く続けていくにはある程度の仲の良さが必要だと思わないか。

 確かに、〈ZGA〉という格闘技は、最終的には一人で闘わなければならない。自分で判断して、自分で行動しなければならない、そういうものだってのはよくよくわかっている。わたしも経験者だからな。

 でもな、セコンドやジムのバックアップがあってこそ、最終的に一人で闘えるんだ。決して孤独ではないんだよ。一人だけでやっているというわけではないんだよ。

 たとえば練習メニューだ。これだって、友麻一人で考えてやっているわけではないだろう。ユーマの能力を最大限に発揮するにはどうしたメニューがいいのか、わたしとキムが一所懸命に考えてやっているんだ。

 それに、メンタルな部分もサポートしているだろう? どうすれば自分自身の気持ちをコントロールできるのか、わたし自身の経験も交えて話をしている。

 感謝しろ、っていうわけじゃない。ただ、決して自分一人だけでやっているってわけじゃないことはわかってほしい。

 ユーマだってわかっているだろう。もしあの試合会場にたった一人で臨まなければならないとしたら、それがどれだけ恐ろしいことなのかを。セコンドが後ろについている、ジムのサポートがある、それが心強さの足しになっていることは認めないと。それでも心細いというかもしれないけどな。

 だから、そんなふうに周りを拒絶しないで、もう少しこころを開いたらどうなんだ?

 確かにわたしにも悪いところがあったかもしれない。

 いや、確かに失言はあった。それは認める。

 許せ、なんて傲慢なことは言わないさ。

 だが、ユーマも社会にでて働いている一人なんだ。自分の好き嫌いだけで物事を判断するなんてことが許されるわけはない。

 世の中には嫌なことはいっぱいある。わたしの失言も含めてな。

 それとどう折り合いをつけて生きていくかが重要なんだ」


 うるさい、と友麻は思った。それに話が長い。おまけにお説教が含まれている。とても聞いていられる類のものではなかった。


 熱心に話しかけてきているのだが、数少ないシャトルのほかの乗客にも聞こえてしまっている。恥ずかしかった。声にはだしていないようだが、ほんとうはほかの乗客たちは笑い出してしまいたいのではないだろうかという疑心にかられる。うるさいやら恥ずかしいやらでこの場にいたたまれない気持ちになった。


 ふとキムの方に目をやった。相変わらずすまし顔でいる。恥ずかしくないのだろうか、それとも我慢しているのだろうか。だがもしキムにそう訊いてみても、興味ない、の一言でばっさりと切られるだろうことはわかりきっている。


 このまま自宅に帰るまでこれが続くのだろうかと思うとぞっとする。いや、自宅に帰ってもこれが続くかもしれない。何しろサンドラとは同居している、というより、友麻が住み込んでいるのである。今の収入なら一人暮らしも不可能ではないが、少しでも貯金に多くまわせるようにということでサンドラが気を遣ってくれたのである。そのことはもの凄く感謝している。お蔭で貯金も少しずつだが増えてきている。


 だが、我慢できることとできないことというものはある。


 目標金額に向けての貯金の増加量が少しばかり減ってしまうが、一人暮らしを考えたほうが良いかもしれなかった。この調子でいつまでもやられることを考えるとかなりきついものがある。


 サンドラは言葉を続ける。


「ユーマもいつまでも子供のままでいたいってわけじゃないんだろう。

 生きていく以上、大人にならなければならない。そうしなければ生きていけないからな。

 だから、ユーマにはたった一人で生きているわけじゃないことを知っていて欲しいんだ。

 いや、こんなことユーマに言うのも馬鹿らしい話かな。

 ユーマのこと、今までいろんな人が助けてくれて、それに対して一人一人に感謝していたものな。

 だったら、わかるはずだ。もう少し態度を軟化させてもいいんじゃないかってね」


「うるせえなあ」


 友麻は口にしてから、はっとした。つい口に出してしまった。


「ユ、ユーマ?」


「うるせえ、って言ってんの!」


 言ってしまった以上、取り消しはきかない。首筋のあたりに手をやりながら友麻は叫んだ。これもほかの乗客に聞こえてしまうかもしれないが、仕方ない。小さくため息を漏らして言葉を続ける。


「だいたいさっきから黙って聞いていれば何なんだサンドラは! あんたはあたしの親か何かか! ただ一緒に暮らしていて、〈ZGA〉の指導をしてくれている、ってだけじゃないかっ」


 一度口に出してしまうと、もう止まらなかった。頬がだんだんと熱を帯びてくるのは、恥ずかしさからか興奮からか。知らずのうちに身を乗りだしていて、ベルトが上半身に食い込んだ。


「絡み過ぎなんだよ。鬱陶しいんだよ。

 あたしはあんたにそこまで求めちゃいないんだ。

 親代わり気取りもいい加減にしてくれないか。

 だいたい今はほとんどプライベートな時間じゃないか。だから、話を聞いてやる義理なんてない!」


 言ってから、口元を押さえた。


「ごめん……、言い過ぎた」


 目を逸らす。


 サンドラはしばらくの間黙っていた。


 キムは言うまでもなくこちらに関心がない様子である。


 ほかの乗客たちもこちらに耳を向けているのか、すっかり黙りきっている。


 シャトルの発する機械音だけが、やたらにうるさく感じた。


「ユーマ、あのな」


 ようやくしてサンドラが口を開いた。


「ユーマには、親代わりが必要なんだ。

 そりゃあ、さっきは、もう大人にならなくちゃいけないというようなことも言ったよ。生きていくためにはそれは必要なことだからな。

 でも、それとは別に、親の立場の人間、ユーマが安心してこころを寄せることができる相手が必要なんだ」


「そんなの……、いらねえよっ」


 目元を覆って、辛うじて口にした。嗚咽が喉元から駆け上がって来て、うまく言葉を発することができない。


 サンドラは小さくうなり声を上げた。このまま黙り込むかと思ったが、少ししてからこちらの方を向き直り、


「いや、ユーマには必要だ。

 だって、君の親はもう」


「また言うのかっ!」


 ほとんど条件反射的に叫んでしまっていた。サンドラのそれは言ってはならないことだった。にもかかわらず、再びそれを口にした。


「試合前にもサンドラはそう言いやがったなっ。

 何度でも繰り返してやるが、あたしの親は死んでなんかいないからな!

 必ず、地球であたしのことを待っていてくれているはずだ。

 あたしは、お金を貯めて必ず地球に帰ってみせる」


「ユーマ、あのな」


 サンドラは諦めずにこちらを見据えて、


「確かにわたしの言いかたが悪かったかもしれない」


「『言いかたが悪かった』だって?

 言いかたがどうだって話じゃねえだろ」


「まあ、聞いてくれよ。

 そういうことを言いたかったんじゃないんだ」


「じゃあ、何だってんだよ」


「わたしが言いたかったのは、地球に帰るってだけが方法ではないってことさ。地球に帰るのは諦めて、ここで静かに暮らしていくのも一つの方法じゃないかってそう思うんだ」


「それって」


 手が震える。目元が熱くなる。席の手すりを叩く。


「あたしの親が死んでいるってのが前提じゃねえかっ!

 どうしてそんな酷いことが言えるんだ、あんたはっ。

 あたしの親は、誰が何と言おうと、死んでない!」


 鼻息が漏れる。食いしばる歯がきしんだ音を立てる。握った拳の爪が掌に食い込む。


「あたしは絶対にパパとママと地球で再会するんだ。そのために、地球に帰るためにお金を貯めている。サンドラは、あたしにサンドラ自身の夢を託すだけの、ビジネスライクな関係でいたい」


 すると、サンドラの顔にさっと赤みがさした。何がサンドラの気に障ったのかわからないが、


「偉そうに……、子供のくせにっ」


「『子供のくせに』だと!

 何なんださっきから、大人扱いするのか子供扱いするのか、はっきりしやがれっ」


 前の席を蹴った。

「そんなことするんじゃない。もし前の席に人がいたらどうするつもりだったんだ」


「人はいないことはとっくに確認済みだっ」


 友麻は鼻を鳴らした。


 そこへ、スピーカーからポーンと注意を促す音が鳴った。


『間もなくローズ・コロニーに到着いたします』


 友麻は顔を上げ案内表示を見やると、アナウンスと同内容の文字が表示されていた。ローズ・コロニーとは、友麻たちが暮らすスペース・コロニーの名である。


 ふん、と友麻は鼻を鳴らした。





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