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無重力格闘少女伝説オメガスクリームⅡ世  作者: 川場託
VS.サンダークラップ
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第二撃

 サンドラ・アーチャーはある種の宝石のように瞳をギラギラと輝かせるオメガスクリームⅡ世の肩を掴んだ。


 そのうち左腕は義手なのだが、見た目ではそうとはわからない。友麻の話では、地球ではそのレベルの負傷でも再生技術でうしなった腕をつくってつなげることができるらしいのだが、このコロニー群〈サミュエラ〉では、そうした設備はまだなかった。


 今は一ラウンド目が終わり、ラウンド間の休憩時間に突入している。


「いいか? 聞いてるか?

 コキュートスのやつは右脇腹をかばいながら闘っていた」


 サンドラはオメガスクリームⅡ世の目を見据えて言った。


 オメガスクリームⅡ世は荒い息を断続的に吐いており、その熱い吐息がサンドラの顔にかかった。無重力空間にオメガスクリームⅡ世の長い二本の三つ編みが揺れている。赤に近い茶色の髪色である。その呼吸に、赤と青のチューブトップに包まれた薄い胸が上下する。その視線は獲物を前にした獣ようだとサンドラは思った。黄色いボクサーパンツに汗が染みこんでいるのが視界に入った。


「だから、当然、やつの弱点はそこだ。

 そこを狙っていけ」


 セコンドとしてサンドラがアドバイスをしている間にも、黒人の女性がオメガスクリームⅡ世の引き締まった手足の汗をタオルで拭っている。もう一人のセコンドを務めるキム・ベイカーである。サンドラよりもほんの少し年上だというが、ほんとうの年齢はサンドラも知らない。


「聞いてるか?」


 返事をしようとしないオメガスクリームⅡ世にサンドラは掴んだ肩を揺らした。するとオメガスクリームⅡ世は面倒くさそうに軽く一つうなずく。


「何日か前のこと、まだ気にしてるのか?」


 言ってから、こんなときにする発言ではなかったと失言を悔いたが、もう遅い。


 オメガスクリームⅡ世はこちらの方をじろりと睨みつけ、再びリングに視線を向けた。


 リング、と呼びならわしているが、キャンバスマットを囲んで四本のコーナーポストにロープを張り巡らせたものではない。オメガスクリームⅡ世の視線の先にあるのは、直径十メートルほどの、二つの穴が開いた透明のバルーンである。バルーンは周囲に生えたいくつものロープで張られ、球状を維持している。そのロープの根元にあるのがリングの同心円状に球形にくりぬかれた客席である。客席に腰ベルトで固定された観客たちのいくつもの視線が、リングの穴の傍の席で休憩しているオメガスクリームⅡ世に注がれている。


「ユーマ?」


 サンドラはオメガスクリームⅡ世の本名を呼んだ。フルネームは、三崎友麻、である。一応、漢字でどう書くのかは見たことはあったが、自分にはとうてい覚えることのできなさそうな文字だった。〈サミュエラ〉で暮しているうちは漢字など使うことはないのだから覚える必要もない。


 再びオメガスクリームⅡ世は睨みをくれてきた。


「すまん、今はオメガスクリームⅡ世だったな」


 どうも今日は失言ばかりしている。どう考えても何日か前からの喧嘩がよくなかった。


「オメガスクリームⅡ世、作戦はわかるな?

 弱点ってことは、当然コキュートス自身も警戒している。だから間違っても狙っている素振りはみせてはいけない。

 だから、一撃で決めるんだ」


 その言葉と同時に、ゴングが鳴った。試合再開の合図である。


 オメガスクリームⅡ世は自分を固定していたベルトを外し、赤色のゲルブーツに包まれた足で穴の縁を蹴ってリングの穴の中に潜り込んでいった。ゲルブーツとは、その名の通り、ゲル状物質で作られたブーツのことである。この格闘技では、このブーツとグローブが使われる。


「作戦、忘れるんじゃないぞ!」


 相変わらず返事をしようとしないオメガスクリームⅡ世の背中にサンドラは声をかけた。


 オメガスクリームⅡ世はブーツと同様の赤色のゲルグローブに包まれた手を軽く掲げて見せた。それが返事のつもりらしい。


 サンドラもかつてこの競技、無重力格闘技〈ZGA〉の選手だったから、アドバイスの心強さと虚しさについてはよく知っている。何をどう言われたところで、闘うのはたった一人なのである。


 あとはオメガスクリームⅡ世の闘いを見守りながら応援するぐらいしかできない。サンドラは穴の中のオメガスクリームⅡ世、そして、対戦相手のコキュートスという選手を見た。


 コキュートスという選手はオメガスクリームⅡ世より数歳年上の女だったはずだが、見た目にはもっと年上のようだった。オメガスクリームⅡ世とは違い、黒髪を短く切っている。とはいえ、丸刈りのサンドラよりはよっぽど髪が長いといえた。赤色のゲルグローブとゲルブーツをまとった姿で、オレンジ色のトップと、茶色のボクサーパンツを身につけている。


 オメガスクリームⅡ世とコキュートスは、バルーンの中の無重力空間を跳ねまわっている。跳ねまわりながら加速していき、その勢いで攻撃を与え合うのが〈ZGA〉の一般的な闘いの展開である。そのセオリーに従って二人は闘いを展開している。果たしてどちらが先にしかけるのか。


 切り札はこちらが握っているはず。そう考えると、焦って先にしかけるのは得策ではない。


「焦るな、焦るなよ!」


 サンドラはオメガスクリームⅡ世に声をかけた。


 オメガスクリームⅡ世は聞いているのかいないのか、両手両足を使いながら跳ねまわっている。


 この跳ねまわりも、だいぶうまくなったようである。数試合前まではまだぎこちなさが残っていて自滅の危機も何度かあったのだが、今となってはすっかり慣れた調子である。


 先にしかけたのは、


「しゃぁっ!」


 コキュートスの方だった。彼女は切り裂くような気合とともに蹴りをオメガスクリームⅡ世に浴びせてきた。


 オメガスクリームⅡ世は辛うじてその蹴りをのけ反ってかわしたが、その後もコキュートスは連続してキック、パンチの攻撃を繰り出してくる。休憩中にどういうアドバイスを受けたのかそれとも自分の判断かはわからないが、苛烈な攻撃の連続だった。


 勝負を焦っている、それとも、勝算がある、一体どちらだろう。無理のない考えかたをすれば、おそらくは弱点を突かれるのを恐れて勝負を急いでいるのだと思われる。


 だからといって、油断して気を抜いて闘えるという相手でもない。見たところ、基本はきっちりと押さえているというタイプのようだから、隙は少なかった。


「防御だ、防御!

 うまく手足を使え!」


 再びサンドラはオメガスクリームⅡ世に声をかけた。


 そのアドバイス通りオメガスクリームⅡ世はコキュートスの攻撃をかわしたり、受け流したりしている。


 その行動を、反撃しかねていると判断したのか、コキュートスは更に苛烈なパンチ、キックの嵐を見舞ってくる。


 その攻撃の激しさに、オメガスクリームⅡ世は防戦一方になるばかりだった。サンドラは防御ばかり言ってきたが、こうなると、ここまで激しくなる前に先手を打たせたほうが良かっただろうか。判断ミスだったかもしれないとサンドラは焦った。


「基本を守れよ!」


 サンドラは叫んだ。


 コキュートスの弱点は右脇腹だとアドバイスしたが、そのアドバイスが活きるまでもなく試合が終了してしまうのか。


 こういうときに思い出すのは、自分が現役だった頃である。サンドラが現役で、今のオメガスクリームⅡ世と同じくらいの経験の頃であれば、コキュートスくらいの相手なら楽勝で倒せたはずである。いや、それは自分の過去を美化し過ぎか。


 だが、オメガスクリームⅡ世の才能を見出したのはほかならないサンドラなのである。ここで彼女の力を信じないのは、自分自身の眼力を信じないのと同じ意味だった。


 そう考えるのも、ひとえに、自分自身が闘えないじれったさから来るものなのだろう。見守るのも一つの闘いである、サンドラは自分にそう言い聞かせた。夢を彼女に託した以上、自分自身の闘いはそういうものになったのだということを受け入れる覚悟は既にしていたはずだった。


 オメガスクリームⅡ世に基本から何から技術を叩きこんだのはサンドラ自身である。


 そのオメガスクリームⅡ世はリングの内壁を蹴り、彼女を追ってくるコキュートスをやり過ごす。


 追うコキュートスはさらに加速をかけてオメガスクリームⅡ世に攻撃を加えようとする。


 このままいけばノックアウト負けはしないかもしれないが、判定に持ち込まれれば不利である。積極的に攻めている方とただただ防御に徹している方、判定でどちらが有利かは明らかだった。そうなる前に、何とか弱点を突いて状況をひっくり返してもらうしかない。今はラウンド3で、あと二つラウンドを過ぎれば判定になってしまう。


 一つのラウンドの制限時間は三分である。それを過ぎると一分間の休憩時間に入る。


 ここは、何とか休憩時間まで耐え抜いて、そこから立て直した方が良いのではないだろうか。そうした考えが頭をよぎる。


「そのまま防御に徹しろ!」


 サンドラは叫び声を穴の中に投げ入れた。


 コキュートスは飛び上がった反動で旋回しながら回し蹴りをオメガスクリームⅡ世に叩きこもうとしている。


 オメガスクリームⅡ世は身をよじってそれをかわし、すれ違いざまにコキュートスの右脇腹にキックを叩きこんだ。


 次の瞬間、コキュートスは右脇腹を両手で押さえ、そのためにリングの外壁に肩からぶつかってしまう。


 そこへオメガスクリームⅡ世は蹴りを肩のあたりに叩きこみ、姿勢をさらに崩させると、コキュートスは頭から外壁に飛び込む姿勢になった。


 それとともにゴングが打ち鳴らされる。試合終了の合図である。途端に観客席から歓声が沸き起こった。ルールでは、バルーンの壁に接地するときは両手または両足を二点同時に着かなければならないことになっている。二回連続それに失敗すれば敗北となる。


 コキュートスは悔しそうに外壁を叩いてもう一方の穴に向かっていき、また、オメガスクリームⅡ世はこちら側の穴に向かってきた。


 オメガスクリームⅡ世は一度だけコキュートスの方を振り返り、鼻を鳴らし、再びこちらに視線を向けてくる。


「やったな!」


 サンドラは笑顔でオメガスクリームⅡ世を迎えた。が、


「信じてなかったくせに」


 オメガスクリームⅡ世はこちらに視線を向けずに冷たく言った。



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