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無重力格闘少女伝説オメガスクリームⅡ世  作者: 川場託
VS.クラーケン
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第四十三撃

 ベスとしてはキム・ベイカーの指導を受けたかったのだが、入門したての立場で指導者を選べもせず、それになによりキムが、


「やりたいことがあるんです」


 と言い残してジムを辞めていってしまった。では具体的に何をするのか、どこへ行くのかといったことについてはいっさい口をつぐんだまま語らずに去って行ったのである。


 何年かしてオメガスクリームというリングネームだったサンドラ・アーチャーと組んでオメガジムを立ち上げたという話を聞いたときには、追いかけてオメガジムに入りなおそうかと真剣に考えたものだったが、オメガジムはミサキ・ユーマのために立ち上げたもので、ほかの者の入会は一切拒んでいるという話だった。


 ミサキ・ユーマは宇宙船の爆発事故の唯一の生き残りで、このサミュエラに漂着した人物だというのは一時期大きくニュースで取り上げられていた。


 その人物がなぜ〈ZGA〉を? 疑問に思うばかりである。


 話は前後するが、それ以上キムを追いかけることをしなかったのは、コリンスンジム内でキムに次ぐ実力を持ったエマが指導についてくれたからである。


 たとえ第一に望んだ指導者でなかったとしても自分には充分すぎるトレーナーで、いやむしろキムは自分にとっては高望みしすぎる指導者だとも思えるようになっていた。


 充実していた。


 エマについて内心のところ最初のうちは低めに評価していたが、その下でトレーニングを積んでいると確実に強くなっていくのが実感できた。


 たとえば腰のしなりやひねりを重要視して教えてくれたことなどはそのひとつである。意識しないうちに身構えて腰に力が入りすぎて防御にも攻撃にも弱点をかかえていたのだが、柔らかくすることを意識に加えるようにしてトレーニングすると、攻撃に対してガードをとっさに構えることもできるようになり、より威力のある攻撃を繰り出すこともできるようになった。


 ただ、両親をだましてこのような生活を送っていることは心にひっかかっている。


 かつて会社で職場の人たちから冷眼を向けられるにいたるまでは自分の目的を達成するのに手段を選ばないのは当たり前だと思っていた。多少の罪悪感はあったものの、そのときまで正体を知らないまま来てしまった。


(わたしは馬鹿だ)


 寝るときに闇の中で心に思い浮かべがちな言葉である。


「あのぼーっとしているベスがね……」


 親はかつてそう言って就職を喜んでくれた。


 まったくその通りだった。よく見ているくらい自分のことを愛してくれていたのである。


 ひとの気持ちを推し量ることさえできないほどに「ぼーっとして」いたのである。その鈍感さで周りに迷惑をかけても平気でいられた。


 だからといっていまさら職探しをする気にもなれなかった。


 アルバイトをしながら夢に向かっていく充実感を捨てられない、というのもあったし、なにより今更そんなことは恥ずかしくてできないというプライドを保守するような気持ちもあったのは否めない。


 そういう気持ちがときどきにしか浮かばなくなってよりプロテストを受けた。


 その後日、


「まあ、こんなものは取れてしまうんだよ。ある程度の実力があれば」


 そう言いつつもエマが腕を組んで嬉しそうにしていた。


 ライセンスを一発で取得できたのである。


「けども」


 真剣な顔を見せて、エマが、


「大変なのはこれからだ」


 ともあれ、そうなるとデビュー戦に向けて準備があるし、その中のひとつにリングネームの決定というのがあった。


 気が散りがちなくらいにリングネームを考えることに熱中した。


 いよいよこれからが本番だという気持ちで浮き立っていた。集中力が散漫になっていると注意されもした。


 いろいろな案を考え、可愛らしくも格好良いものにしたいと思っていて、


(食べることが好きだから、味覚に関係あるのが良いな。

 スパイシー何とか、とかね)


 クスクス一人で笑ってしまう。それを不気味がられないのは、どうやら新人にありがちな行動だからだと後々になってから知った。


 そんなある日、コリンスンジムのトレーニングルームでエマのもとにおもむくと、


「喜べ」


 エマが満面の笑みで言ったのである。


「君のリングネームが決まったぞ」


「な……」


 なぜ、言いかけて絶句したところ、相変わらず嬉しそうなエマは、


「クラーケン、だ」


 どうやら「何という名ですか」と言いかけたのだと思ったらしく、そう答えてくれた。


「くらーけん?」


 聞いたことのない単語である。


「海魔だよ」


「海魔?」


「海さ。地球には海と呼ばれる星のほとんどを覆うくらいの大きな水たまりがあってな、そこに住むとされる伝説の悪魔だよ。

 ほら、これ」


 エマがモバイルを操作して資料を見せてくれた。帆船に巨大な触手が絡みついている絵が表示されている。サミュエラ育ちの身としては帆船というものについての知識はなかったが、何らかの人工物だというくらいは想像できた。


 しかしながら、


「この触手が、クラーケンだ」


「うえええええええぇぇぇぇ……っ?」


 悲鳴を上げたが、


「登録は済んでいる。

 デビュー戦はこれで行くからな!

 楽しみだな!」


 肩を叩かれ、しかしながらベスはその場にくずおれた。



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