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無重力格闘少女伝説オメガスクリームⅡ世  作者: 川場託
VS.クラーケン
38/71

第三十八撃

「将来を考えるのは今のお前にとっては決して遊びや夢なんかじゃないんだぞ!」


 腰を下ろしていたソファから身を乗り出した父の怒りの声がリビングに響いた。


 ベス・ホワイトは一人用のソファの上で片方の手すりには背中を、もう片方の手すりには膝の裏を当てる体勢から一瞬だけそちらを向く。


 声の大きさに目をつむったものの、すぐに両手の中にあるモバイルのニュースを注視した。


 ベスが住むコロニーであるリリー・コロニーでは本日に知事の選挙がおこなわれ、現職候補が大敗を喫したとある。


「現実的な大事なことなんだ! 聞いているのか、おい!」


 父がまだ叫んでいる。こちらとてお遊びや夢見心地で言っているわけでもないのではあるが。


 別に政治のニュースに興味はない。それでも見ているのは父の怒りに付き合う必要性を見いだせなかったからである。現職が受かろうが新人が受かろうが、だからどうしたというのだろう。それでネットコンテンツの面白さが変わるなら話は違ってくるが。


 クラスメイトの中にはもっと政治に興味を持つべきだと主張する優等生くんがいるにはいたが、優等生くんだからそのようなことを言うのだろうとしか思わない。


『ホワイトさん!

 政治にもっと興味を持たないと!

 独裁者が現れたらどうするの!』


 そうは言うが、そうなったらそうなったときのことである。


(独裁者? あんがい良い政治をしてくれるかも知れないよ?)


 とさえ思う。


 もっと面白いニュースはないか、モバイルを操作する。


 チャンネルを変えてみるも、どこも知事選の話でもちきりだった。素人のネット配信者さえその話題をしているくらいだから、もしかすると自分は流行おくれの人間なのかもしれないとさえ少しだけおそれた。


 そのモバイルがひょいと取り上げられた。


「なにするんだよ」


 抗議するも、


「ベス!

 ちゃんとお父さんの話を聞きなさい!」


 右手にベスのモバイルを手にして前後に振りながら母がもう片方の手をベスの肩に置く。いままで黙っていたがこれ以上は沈黙し続けかねるといった様相である。


 穏やかな家族団らんの雰囲気の中、父が突然になりたい職業について訊いてきたのである。突然だったのは用意していた質問だったからだろう。用意していたということは前から気がかりだったということに違いない。


 正直に答えた。それが誠実さというものだと思ったからである。


 それに対してしかしながら両親は怒りを見せた。


 誠実というにはだらしない格好をしていたことは認めざるをえない。


 だが怒ることだろうか。両親とも公務員という職業柄からくる真面目さがそうさせるのだろうか。


 渋々まるまった姿勢から起き上がり、ソファに腰かけ、太ももの間に両手を挟み込む姿勢を取る。


 母から睨まれ、真面目さが足りなかったかと両手を太ももの間から抜いて膝の上に置いた。


「ベスは学校の成績も悪くない。というか、良いほうなのに、どうしてそんなことを言い出すの?」


 なぜか不思議に思っているようすの母の声は父のそれよりは冷静に聞こえるようだが、実のところ父よりも怒っていることは小鼻が開いたり閉じたりしているところからうかがい知れた。


 挟み撃ちで怒られているこの不利な状況において、しかしながらここで折れる気はない。二人がかりで責めるなど大人にあるまじき卑怯さではないだろうかと思うが、そのようなことを言えばさらに怒らせそうなので黙る。


 確かに自分でも学校の成績は良いほうだと思う。先ほど思い出した優等生くんよりも成績は上だという現実もある。


 学校の成績がすべてではないにせよ、お堅い就職に有利な条件を備えているといえばその通りである。


 そんなものがどうだというのだろう。


 ベスはそう言いたい。


 勉強はそれなりに好きだった。就職のためを思ってしたことは一度もない。


 好きだと思うことを思うようにやって何がいけないというのだろうか。


 自分の好きなことをして生きるのが幸せなのに決まっているのに、どうして両親は自分が幸せになろうとするのを否定するのか理解しがたい。


 同時に、なぜ両親がこんなにまでも自分の将来のことについて口出しをしてくるのかわけがわからなかった。


「そんなことをさせるためにお前に教育費をかけてきたわけじゃないんだ!」


 では何のために、と訊き返したかったが、両親の剣幕がそれを許さなかった。


 怒りの言葉は続いた。


 ベスとしてはそれに黙って耐えるより手はなく、ただひたすらこのつらいだけの時間を過ぎるのを待つしかなかったのである。


 そう思っていたところに、


「約束しなさい!」


 と母が言った。


 一か月以内にまともな職業の目的を探して、両親の前で発表せよと言うのである。発表とは、これまたお堅い二人の言いそうなことではある。


 父は腕を組み、苛立たし気に、というかほんとうに苛立ったようすで片足の爪先で何度も床を蹴りつけて、


「まったく、よりによって〈ZGA〉の選手になりたいだなんて……」


「〈ZGA〉が好きだってことくらい、知ってるでしょ!」


 さすがにたまりかねてソファから起き上がって訴えたが、


「それとこれとは話が別だ!

 見ているのと、実際にそれを選手としてやるのとではまったく話が違うじゃないか!」


 すさまじい剣幕でテーブルの上に何度も手のひらを叩きつけながら父は睨んできた。


 説得は無理だと感じ、ベスはうつむいた。




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