第三十四撃
「ハイスクールのクラスメイトでマイクっていただろ?
あいつ、転職してコロニーを移ったってさ」
どこかわざとらしい態度でジョーが告げた。
ジョーの船であるレッド号が惑星ペイルーフの近くを飛んでいる。
いつぞやと同じようにこの船の中で二人は過ごしていた。前と同じように、サラは乗客用のシートに、ジョーは操縦席に。
「知ってるよ」
モバイルのアプリによりその情報をとっくに手に入れていた。
「ああ……、そっか」
それきりジョーは話の続けかたを見うしなったらしく、黙り込んでしまう。
「そういえば」
サラのほうから話を振った。
「マイクの前の仕事ってなんだっけ」
我ながら無理やり話をつなげた感じがしてもどかしい。
「ああ、食料工場だったっけな、たしか」
ジョーが答え、再び二人とも黙り込む。
あとは機械が放つふだんであればまったく気にしなかったような排熱の音のみが聞こえているのみである。
沈黙に耐えかねてジョーのほうを見やった。
同時にジョーもこちらを見てきているのに気づき、二人は同時に吹き出した。
しかしながらすぐに笑いかたもそれにすがるかのように無理やりなものに変わっていった。笑いを続けていなければつらい沈黙が再びやって来る。だからわざとらしくても続けなければと思うが、すぐに不自然さに気づき、二人とも笑いを引っ込めてしまう。
今日のデートはサラのほうから誘った。
それについて何か察するところがあったらしく、ジョーはレッド号への乗船を持ちかけてきたのである。
ジョーが察したであろうなにがしかの決意をやはりサラは抱えていた。
抱えてはいたのだが、それを披露するタイミングを計りかねている。
「あの……!」
サラとジョーが同時に声をかけあった。
「ジョーのほうから」
「いや、サラのほうからで良いよ」
としばらく譲り合いが続いたが、根負けしたジョーが、
「サラは後輩の指導なんかもしてるのか?」
そのようなことは過去に話題にしたことがあり、答えはジョーも知っているはずだった。それは、本来なにかを言おうとして、しかしながら慌てて別の話題にすり替えたように聞こえた。
「まあ、一緒に練習メニューをこなしたり、とかくらいは。
わたしが練習内容を考えるなんてことをすることはないけど」
「じゃあ、サラのほうは?」
「え?」
意味がわからなかった。
「いや、サラのほうからもなにか言いかけてたじゃないか」
ようやく意味が察せられた。会話のぎこちなさに居心地の悪さを覚える。
「ああそうね、そう……」
深呼吸をはじめた。
ついにこのときがやってきた。避けうるものならそうしたいという気持ちもないではなかったが、ジョーが示してくれた勇気に対して自分も応じなければならない、そういう義務があった。
「わたし」
と言い、それから言葉が出てこなかった。
「わたし」
再びやりなおすがそれでも続きを言えない。
ジョーは口を挟まず黙って聞いてくれている。ジョーのやさしさや本気さといったものを感じ、
「わたし……、〈ZGA〉を引退することにした」
ようやくしぼり出したその言葉に、ジョーは、
「そっか」
とのみ応じた。
また沈黙が二人の間に生じた。
「それだけ?」
声に怒りがこもるのを感じながらジョーを睨みつける。
ジョーはシートを立ち上がった。
「ちょっと、大丈夫なの、操縦」
慌てると、ジョーはこちらに手のひらを向けてきて、
「自動操縦モードに切り替えたから」
「そ、そう」
こちらがうなずくとジョーが近寄ってきて、シートに腰かけるこちらの真正面に立つ。
「ジョー?」
「つらい決断をさせてしまったよな」
ジョーはやや顔をそむけた。
「わたしは嬉しいんだ」
サラはそれに反して微笑みを見せた。
「ジョーと結婚したいから、そうしたんだ」
「なら、なんで……」
こちらの手をジョーが掴んで、
「なんで、って?」
「なんで泣いてるんだよ」
「え?」
意味がわからない、わけがない。
自分でも視界の歪みでいつの間にか涙を流していることはわかっていた。
ただ、それを意識してしまうことを恐れた。耐えきれないような哀しみに呑まれて心に深い傷を残してしまうのではと恐れた。そしてそのことがジョーとの結婚生活に暗い影を落としてしまう可能性を恐れた。
「わたし、勝っていたはずなんだ。
あと一歩ってところまでオメガスクリームⅡ世を追いつめていたんだ。
勝負を決めきれなかったのは」
鼻をすすり、目元をぬぐう。
「きっと、自分の衰えだ。
限界が来ていたんだ。
それに気づいたから、もう、現役ではいられないんだ……」
負けるのは何回繰り返しても悔しい。負けたことで引退を決意するのであればなおさらである。
「わたし、負けるのははじめてじゃない。
でも、今回の負けは、違う……!
賭けたものがあって、それに負けた以上、支払わなければならないものがあるんだ……っ」
言葉にするのが難しいことを口にしていることは自覚している。
たどたどしく話を続けていると、ジョーは優しく抱き締めてくれた。
たぶんそれしか方法がないと思っているのだろうし、おそらくそれは正解だった。




