第三十二撃
身体をシートに押しつけるベルトがややきつく感じる。
「こうなってしまったからにはしかたない。
一つ一つの攻撃と防御を丁寧にやるしかないだろ」
ラウンド間の休憩時間にサンドラがアドバイスを口にした。それはまるでこの世の真実を絶対的に押しつけているように感じられた。
だからかえってオメガスクリームⅡ世にはうさんくさく聞こえてしまう。
(与えられた真実なんてものは……)
と、我ながらまるで子供らしい考えをしてしまう。
まんまとサンダークラップの仕掛けた罠にはまってしまったことが自分の力を信じる気持ちをうしなわせていたのである。
「サンダークラップの表情を見てください」
手当をしながらキムが指示してくる。
それに従って首を捻じ曲げてサンダークラップ側のコーナーを見やると、盛り上がっているようすのサンダークラップとそのセコンドがいた。おおかた、このまま油断しなければいける、とでも話しているのだろう。
「むかつきませんか。
あなたを小馬鹿にした相手が楽しそうにしているのですよ。
怒りを思い出してください。
それに」
と付け加えて、
「スージーもみてますよ、きっと」
それはあきらかに蛇足だった。スージーがみているからどうだというのだろう。ルールもよくわからず、ただ勝ったという知らせだけで喜んでいるあのスージーが。
サンダークラップに対する怒りも消沈しかけていた。自分は子供で向こうは大人だというのはゆるぎないことなのだろう。であれば負け戦も当然である。
「言っておくが」
サンドラが強めの口調になって肩を掴んでくる。義手の固い感触が肩に痛い。
「お前は普通にやればサンダークラップなんかには負けない。
はっきり言って、ランキングでは負けていてもあいつは格下だ。試合の場で負ける道理がない」
うさんくさがっている表情をしていたのだろう、サンドラはよりいっそう肩を掴む手に力をこめ、
「わたしはお前の力を信じている。
だから、やれよ!」
その言葉にオメガスクリームⅡ世は黙ってマウスピースをくわえ、
「行ってくる」
とのみ告げ、三ラウンド開始のゴングとともにリング内に跳躍した。
全ラウンドで受けたダメージも抜けきっていない。身体が思うように動かない。
サンダークラップに対する恐怖さえ生じてきている。更なる罠を仕掛けているのではないかと心配になりうかつに攻撃を与えられない。
息を吐きながら体重の乗った拳をぶつけてくるサンダークラップの瞳は勝利を疑っていない。勝ちをもぎ取らんと一気に攻めてこようとしている姿勢に、わざと負けてしまおうかという気持ちが生じる。
そういう心が隙を生んだのだろう、サンダークラップがこちらの気のゆるみに乗じて蹴りを放ってくる。それは先ラウンドに自分が放ったような甘いものではなく、勝利を狙いつつも決して油断がないものだった。
蹴りをかろうじてブロックしたものの、そこそこのダメージを受けてしまい、背中でバルーンに接地してしまう。
(負ける……、このあたしが、オメガスクリームⅡ世が!)
二回連続で足以外の部分で接地すれば敗北になるルールがあり、つまりは一回までは許される。だが、下手な体勢で壁にぶち当たったので動きを立て直すのにもたついて隙が生じてしまいそうになる。敢えて足以外の部分で一回受ける場合もあるが、今回はそうではなかった。慌てて回転して両脚を壁について蹴りとんだ。
さっきまでいた場所にサンダークラップがドロップキックをぶちかましていた。一瞬遅ければ体勢を崩して再び足以外の場所を壁についていただろう。
(やばい! やばいやばいやばいやばいっ)
苦しい。
気持ちで負け、策で負け、いまや自分を信じられる要素は何一つないように思えた。
わざと負けるのはさすがにまずいだろうが、このまま耐え続けても判定負けは必至である。
初めての黒星というものは自分をどのような気分にさせてくれるものなのだろう。
勢いに乗じてサンダークラップは連続でパンチを浴びせてくる。いまの状況ではかわせず、防ぎきるのも難しかった。いくつかまともに喰らい、ダメージが蓄積していく。
(負けるかっ)
反撃を試みた。焦らず、丁寧に、を心がけた。
ほかに頼りになる要素もない以上、いまとなってはサンドラのアドバイスにすがるしかない。
充分に体重の乗ったはずのキックは、しかしながら受け流されてしまう。経験豊富なだけあって防御能力もしっかりしているのだろう。
だからといって諦めるわけにはいかない。何度も反撃を試みる。
その勢いを受けてサンダークラップも攻撃してくる。真正面から攻撃してくるのはこちらの反撃はもはや力をうしなっているとみてのことだろう。
殴り、蹴られ、蹴り、殴られ――激しい攻撃の応酬に気持ちが折れそうになるが、
(邪魔くせえ!)
パンチがサンダークラップのガードを跳ね上げた。そこに生じた隙に回転蹴りを叩きつけてやる。
吹き飛ぶサンダークラップに、しかしながら追撃できなかった。
攻撃が思いのほかうまくいったことに戸惑いを覚えていたのである。
「なにしてる!
ぼーっとすんな!」
サンドラの叱声が聞こえてきた。
(っせえな!
いまやるよ!)
敵の姿を追いかけて一つ一つ焦らず丁寧に打撃を加えていく。
サンダークラップは思うようにガードできないようで、連続する攻撃がいくつかまともにダメージを与えていった。
それでもサンダークラップのほうにまだ勢いはあった。
互いに自分の勢いに引きずり込もうと激しい打ち合いになる。
次第にオメガスクリームⅡ世のほうに勢いが傾いていった。
テクニックや駆け引きといったものはサンダークラップのほうが勝るが、パワー勝負に突入してしまえば自分とって有利だった。
確かに前ラウンドでのダメージは大きかったが、しかしながらサンダークラップに与えた一ラウンドでのダメージも無視できないほどだったようである。
跳ね上げるようにして放った蹴りがサンダークラップのあごをかちあげる。
その一撃に気をうしなったらしく、身体が制御されまいまま宙を漂った。
途端に試合終了のゴングが乱打され、勝利者の名を示すプレートにオメガスクリームⅡ世の文字が表示された。




