第二十三撃
「あいかわらず殺人鬼のような顔をしているな」
サンドラの睨みに居心地を悪くさせられた。
あれから何日もたつのに友麻の怒りはおさまらず、いまもこうしてサンドバッグをめちゃくちゃに乱れ打ちしている。
キムはとうにストップウォッチで計測するのをやめ、表情の読み取れない顔でこちらを眺めている。おそらくは呆れているのだろうが。
それにしても不思議なのは、サンドラに対するよりもサンダークラップに対する怒りのほうが大きかった。その気持ちの動きは自分でもわからない。
サンドラになんらかの引け目を覚えているのか、それとも後者に怒りの矛先を上書きされてしまったのか。
なんといってもサンドラへの恩義は確実にある。金を稼げる仕事をあてがってくれたのも、無料のすみかをあてがってくれたのも、ともにサンドラのしたことである。
だから引け目を感じてしまっているのだろうか。
そうとは思いたくはない。確かに恩は恩で感謝の気持ちがないではないが、一度ならず怒りを向けたことのある相手で、そうであるならば感情をぶつける相手を流れで変えてしまうのは気持ちに正直すぎ、かえってずるさがあるような気がする。
気持ちが上書きされるということはたしかにあるような気がしたが、やはりそうなっていたのはもやもやとした気持ちを抱えていたところに着火させられたからというのが大きいのではないか。
そうなると正直すぎる卑怯さが自分の中にあるということになる。それはそれで受け入れがたいことだった。
(そもそもこれ、考えて結論が出ることなのか……?)
だんだんと面倒になってきた。
最後に大ぶりで蹴りをサンドバッグに浴びせた。
そばでサンドラが大袈裟にため息をつき、
「こうなったら」
とキムのほうを向いた。
「むしろこの怒りを力に変える努力をしたほうが早いかもしれないな」
キムにしては珍しく、
「そんなことをしたら相手につけこまれますよ」
焦ったようすを見せた。
「かつての絶頂期のサンドラなら気持ちをうまくコントロールして怒りの感情を自分の力にできたかもしれません。
しかしながら今のユーマにはそのような技術は未だありません。
怒りに任せて行動することになり、危険です」
目の前で自分のことをこのように評論されるのは面白くはないが、黙った。なぜか口をはさむべきではないような気がしていた。それはキムの持つ仕事に対する誠実さへの尊敬からさせることなのかもしれないし、逆にサンドラへ怒ることができるのはサンドラへの甘えであり、キムに対して甘えられない気持ちがあるのかもしれなかった。
「けど」
サンドラは反論した。
「ほかに方法も見当たらないじゃないか、この問題児ちゃんは。怒りを鎮めることもできないようだし」
「おい」
声を上げたが、二人は無視した。
キムはあごに手をあててわずかな間を黙考していたが、突然、
「いっそのこと、丸一日のあいだ遊んで来たらどうでしょう。もちろん最低限の練習はした上でですが」
そのキムらしからぬ発言にぎょっとしてしまう。真面目一辺倒なのがキムの性格なのだとばかり思い込んでいた。
さすがにサンドラはその突飛なアイディアに反対するものだとばかり思ったが、
「それは良い。良いな!」
目を輝かせている。
「同意するなよ!」
慌てる。サンダークラップ戦まで余裕のあるスケジュールではない。一日たりとも無駄にはできないはずだった。
無駄にできないスケジュールを怒りで潰してしまったことについては反論の余地がないが、それであるならばなおさら、
「遊ぶって、どういうことだよ。
なにして遊べって言うんだよ、こんなときに」
サンドラはこちらの言うことを無視してモバイルを取り出し、操作を始める。アドレス帳を操作するような手つきだったが、誰かを選択すると、耳元にモバイルをあてがった。電話をかけているようである。
「どこへかけてんだよ……?」
こちらの言葉にサンドラは手のひらをこちらに向けて制止し、
「ああ、スージーか?」
口にした相手の名前に驚かざるをえなかった。スージーの番号をサンドラが知っていることもそうだが、なによりいまこの場でスージーに電話をかけた意味を考えると恐ろしくてたまらない。
「なんでスージーに!」
うすうすその意味がわかってはいるものの、怒鳴って抗議する。
それをうるさそうにしながらサンドラはスージーと会話を続けている。
「それじゃあ、な」
と言って電話を切り、サンドラはこちらに向き直り、
「というわけで、スージーと遊んでくると良い」
「ふざけるなっ!
いま、このタイミングであいつに会えって言うのかよ。
そもそも一緒に遊びに行くだなんて、そんな仲じゃねえだろっ」
「仲直りのチャンスじゃないか」
サンドラはちょっと馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
「たっぷり遊んで来いよ。お金やるから」
「いらねえよ!」
スージーを傷つけた発言を揶揄したその言葉に、足を踏み鳴らして叫んだ。




