第二十二撃
「畜生! あの糞婆!」
気合いの入った拳による一撃とともにサンドバッグが大きく揺さぶられる。
横でキムがストップウォッチを片手に監督してくれている。一見したところ無表情のようだが、それなりの付き合いがあるいまとなってはかすかな険しさを看取できた。
原因は知れている。
ウィルソンジムから帰ってきてからも苛立ちがおさまらず、いまもこうして感情をサンドバッグに叩きつけている。
そのためむちゃくちゃな叩きかたになっているのがキムには気に入らないのだろう。
サンダークラップに悪意がないことくらいは友麻にもわかっている。あれはあいさつの儀式のなかで演じての挑発である。
「ち、っくしょうがああああ!」
攻撃を連打し、最後に気合いをためて大きな一撃をくれてやる。
「あのな、ユーマ」
ギシギシと音を立てて揺れるサンドバッグの隣でサンドラが説教をはじめる。
「そうやって感情に任せて攻撃しても、隙だらけになって反撃の機会を相手にあたえるようなものだからな。
フォームがぐちゃぐちゃじゃないか。
あれほど叩き込んだ基本はどこに行ったんだ?」
うるさい。
「やみくもに攻撃しても相手はそれなりの巧者だ。安易な打ち込みはたやすくさばかれてしまうよ。
いいか?
ユーマにはパワーがあるが、それは当たらなければ空振りして疲弊するだけで終わるからな。
パワーを生かすにはそれなりの技術が必要なんだ。
技術がなければいくらパワーがあったところで役に立たない」
静かにして欲しい。
友麻はスポーツドリンクを手にした。
「技術を使うにはそれなりに冷静さが必要となる。
乱れた気持ちで正しく技術を使うことはできないからな。
だから、怒りを抱えているなかでもいかに冷静な部分を保ち続けるかが重要なんだ」
もう黙っていて欲しい。
ストローをくわえ、水分で口中を満たす。
「技術を使ってパワーを生かすのがユーマの仕事だ。
仕事に自分の感情を持ち込むのは、ユーマのためにならないからな!」
スポーツドリンクの容器をテーブルに置き、サンドラに背を向けるかたちでスツールに腰を下ろす。
「もういい!」
こちらが聞いていないようすなので腹を立てたらしく、サンドラは練習部屋を去って行った。
しかたないではないか。
不安な気持ちにいつもさらされているところに苛立つようなことを言われて耐えられるわけがない。
怒りの感情に流されてしまうのもどうしようもないことではないのか。
生きていればそれくらいのことはあるはずだと大人ぶりたいサンドラはわかっているはずである。
それがわからないのであれば、サンドラは大人失格ではないか。
友麻は舌打ちし、ふたたびサンドバッグを叩きに立ち上がった。




