第二十一撃
「どうもいらっしゃい」
ウィルソンジムに訪れた丸刈りの女性と三つ編みが二本の少女をジムの会長兼トレーナーのモリーが出迎える。
そのようすを見て既に来ていた中年の男性たちが腰を下ろしていたスツールから立ち上がる。マスコミたちである。
サラ=サンダークラップもそちらのほうへ足を向けた。
「ではこちらへ」
一通りの人員が周囲に集まったのを見て取るや、モリーが皆を応接室に通す。この人数だと応接室に入るには少し多い気がしたが、ジムの練習部屋は騒がしいのでしかたない。
「それでは早速はじめましょうか」
モリーのその言葉によりあいさつの儀式がはじまる。
「オメガスクリームⅡ世です、よろしく……」
どこか元気のない感じで少女が口を開いた。目を合わせてこないが、戦歴も浅いはずだしやはり緊張しているのだろうか。
こちらとしては緊張する気持ちがまったくないわけではない。むしろ適度にあるほどである。その感覚が気持ちの切り替えを促してくる。その高まる感じが好きだった。やはり自分は〈ZGA〉を好きなのだと実感させられる。
「サンダークラップです、よろしく」
手を差し出し、握手を求める。
オメガスクリームⅡ世は少し困ったような微笑みを浮かべながらも握り返してきた。記者たちのカメラからフラッシュがたかれる。
簡単に自己紹介をし、サンダークラップは、
「ずいぶん前の話なんだけど」
「はあ」
気のない返事をするオメガスクリームⅡ世に若干の苛立ちを覚えないでもなかったが、続けて、
「君の師匠のオメガスクリームⅠ世と対戦したことがある。
当時、けっこう手酷い負けかたをさせられて、大けがをしてしばらく休まなきゃならなかった。ハイスクールを卒業する前だったかな。
言ってみれば、今回のは再戦みたいな感じがして、因縁みたいなものを感じているよ。
だが、今回は負けない」
オメガスクリームⅡ世は嫌味な感じの笑みを浮かべて、
「あたしはそんな因縁は感じない」
言われ、心中でニヤリとする思いがした。あいさつの儀式での言い合いは〈ZGA〉における醍醐味の一つだった。ちゃんとこの少女はわかっている、その実感を覚えていると、オメガスクリームⅡ世は続けて、
「悪いけど、おばさんの過去の思い出話には付き合っていられないよ」
わずかばかり機嫌が悪い感じがするのはおそらく悪役を演じてのことだろう。うなずきたい思いだった。
「それでは質問よろしいですか」
記者の一人が手を挙げた。
「どうぞ」
モリーが発言を促す。
「今回の戦いにおいて意気込みといったものを……」
それから、記者たちは鍛えかたなどといったものや、互いの戦績に思うところなどといったものについて質問をしてきた。中には答えられないものもあったが、それは記者たちにとっても織り込み済みのものだったのだろう、深く追求することはなかった。
オメガスクリームⅡ世の態度に面倒がっているようすがないでもなかったが、まだ若いからだろう。やがてこういうこともいずれは大切なことだとわかるようになるはずである。あるいは、
(その前に引退することもあるかもしれないけど……)
いくら才能があってもめぐりあわせによってそういう結果を選んでしまうこともあり得る。
とはいえ感覚としては悪くない。嫌がっているようではあっても義務は果たそうとしているようにも受け取れた。あるいは、悪役を演じそこなってそういう態度になってしまっているのかもしれないけれども。
「では、互いに一言ずついただきたいんですが」
時間的に取材も終盤にさしかかったころ、そういう質問があった。オメガスクリームⅡ世は、
「いい歳したおばさんがいつまでもリングにしがみついてんじゃねえよ、ってことで」
半開きの目をこちらに向けてきた。あごもすこし浮かして、顔を斜めに傾けている。
(嫌な目つき……)
とっさに不快な感じを受けたが、演出に文句は言えないのでそれに応じるかたちで、
「稚拙な挑発、幼稚な態度……、Ⅰ世とはまるで比較にならない。
言うなら、子供、だな」
こちらも挑発で返してやる。これでオメガスクリームⅡ世が睨んできて、こちらも睨み返してやれば、写真用の態度ができあがるという寸法である。
オメガスクリームⅡ世は、しかしながら睨むどころか目を見開き、拳を強く握りしめてわななかせ、歯を食いしばったかと思うと、
「子供だってぇ!」
怒鳴った。
それは儀式で求められる静かな戦闘姿勢とは違い、怒りに任せた感じの声音だった。
オメガスクリームⅡ世は足をダンと踏み鳴らし、
「お前もまさか人生語ってるクチじゃねえだろうな? この糞婆!
語る語る人生論、今日も酒場の片隅で、グラス傾けしみじみ呟く『けっきょく最後は人間、なんだよな』!
嫌気がさすね、そんな台詞!
一方的に殴り続けてやる、血みどろになるまで!」
こちらが言っても思ってもいない台詞まで勝手に捏造して叫び、応接室を出ていってしまう。
サンダークラップもモリーも記者たちも皆一様にポカンとして開きっぱなしになったドアを見つめていた。
残された付き添いの丸刈りの女性がとたんにおろおろと視線をさまよわせている。
「申し訳ありません!
あとで謝らせますので!」
頭を下げた丸刈りの女性もオメガスクリームⅡ世の後を追って出ていった。




