13
(……死霊を呼び寄せて酒を飲ませる。で、代金を払えないと使役される――いえ、呪じゅに縛られる。むしろそっちの方が目的の施設ってことね)
初めてこの酒場に乗り込んだ時、天井付近に無数の下位の死霊フライング・ヘッドが集められていたが、彼らは呪じゅに縛られていたのだろう。
死霊――要は魔力である――を集め、代金という呪いで縛る施設。”呪われた”というレッグスの表現からして彼自身もそういう状態にあるのだろう。
「たまったものじゃないわね」
「そうよ! 酒場の中ではレッグスを倒せないけど、結界に囚われてるあんたはこの酒場から出られない!」
パメラが察したこととは別のことを叫んでから、フィオナはレッグスに発破をかけた。
「さあ! 倒される心配はないんだからガンガン戦って!」
「グググ……デスガ痛イニ変ワリハナイノデ労災ハ適用サレマスヨネ?」
「労災なんかいくらでも適用するからガンガン壊されちゃって! 倒されちゃってもお墓に保証金をお供えするから安心して!」
「……」
「あんたも大変ね」
「マァ……フィオナ様ハ、オ子様デスカラ」
「それを無作法の理由にするのって本人のためにならないと思うわ」
「言エテマス」
「何でしみじみとコミュニケーションとってるの!?」
「トハイエ……命令ガ出サレタナラ戦ワザルヲ得ナイノデス! 覚悟!」
レッグスは、斜め下からの斬り上げと共にパメラとの距離を詰めた。左の拳には迎撃のための魔力が灯る――しかし、パメラは大きく飛び退いていたため、どちらも意味のない行為に終わった。
「グググ!? 勧誘スカウトヲ断ッタラボッタクリ代金ヲ請求サレテ、仕方ナク用心棒ヲヤラサレテイルトハイエ私ト貴殿トハ敵同士! 遠慮ハ無用デス!」
「あんたもとことん大変ね」
軽く嘆息した後、パメラは手のひらで目元を覆った。
「私ガ握ルハ、斬ッタ者ヲ死ニ至ラシメル魔剣デス・ブリンガー!」
「斬られれば大抵は死ぬでしょ」
「ハハハハハ! ソレモソウデスナ! トイウ訳デ……覚悟ォオオオ!」
視界を自ら塞いだパメラに、骸骨剣士が打って出た。重鎧を着た巨体であるにも関わらず、砂地の上を滑るように駆ける。
そして、
「破鎧突キィイイイイイ!」
パメラとの距離を詰めると彼女の側面に回り込み、強烈な突きを放つ――
「狂乱の孤月ダークネス・チャーム」
だが、手のひらをどかしたパメラが真紅に輝く双眸をレッグスへと向けた瞬間、彼は身を翻してフィオナの方へと跳躍した。何が起きたのかを理解できなかったフィオナは、落下してくるレッグスに疑問符を浮かべた。
「どうしたの?」
「ググググ!」
「レッグス?」
「ググググ!」
「え!? ちょっと!?」
魔剣を振り上げたレッグスを見てやっと理解したらしく――フィオナは真横へと身を投げ出して魔剣から逃れた。頬の砂を手で払いながら立ち上がると、
「シャアアアアア!」
「いやあああああああああ!」
レッグスに背を向けて全力で駆けだした。彼の強さは知っているのか、お子様魔人フィオナに反撃する気はないらしい。どたばたと逃げ回り始める。
「ググググ!」
「来ないで! なんで襲ってくるのよ!? お酒二杯で金貨十枚請求したことまだ怒ってるの!?」
「ググググググググググググググググ!」
「いやああああああああああああああ!」
骸骨剣士に追われているフィオナだが――正気を失ったレッグスは、ぶんぶんと魔剣を振り回しているだけなのでフィオナが走り続ける限り、彼女が命の危険に晒されることはないだろう――そう判断したパメラは、紅い髪を優雅にかき上げた。
「ごめんなさい! だってガネルだけじゃ不安だったんだもん!」
「ググググググググググググググググ!」
「いやああああああああああああああ!」
「……」
少し待ってから唇を動かす。
「幻惑の魔力で正気を奪ったから送還されるまで追い続けるわよ? どうすれば良いか分かる程度にはお利口さんかしら?」
「分かったわよ! レッグス! お客さん相談員カスタマー・サービス控え室に戻りなさい!」
悲鳴じみたフィオナの命令で、骸骨剣士は白い輝きに包まれて消滅した――控え室とやらに送還されたのだろう。
「助かった……はあはあ……」
レッグスの脅威から逃れたフィオナは中腰の姿勢で呼吸を整え始めたが、更なる脅威がのっしのっしと砂地を踏みしめながら彼女に近づいていく。
「ふふふふふ」
嗜虐的な笑みを浮かべたパメラはフィオナの背後に立つと、彼女の頬をむぎゅっと掴んで振り向かせた。
「あの……!」
蒼ざめたフィオナの表情を見る限り、彼女に残された手があるようには思えない。魔力を交えた戦闘を行った以上、殺されても不思議はない。煽りに煽って激怒させたともなれば、ただ殺されるだけならむしろ幸運とさえ言えよう――
「もう一度だけ聞くけど、何か言いたいことはある?」
「お姉様、大好き♡」
「ふっ……」
困ったようなパメラの微笑み――それを見たフィオナが一縷の希望を見出した瞬間、パメラはにんまりとした笑みを浮かべ、フィオナの頬を両手で左右に引っ張った。
「いたたたたたたたた! お姉様、本気で痛いです!」
「引きちぎられた頬をお餅みたいに供えられたくないなら、さっきの骸骨剣士やらリアーナやらを含めた全員を呪いから解放した上で、今すぐこの村から出ていきなさい。返事は?」
「お客さん全員のツケをチャラにした上で私はお家に帰ります!」
「結構。ならとっとと帰りなさい」
そう言うと、パメラは少女を――モザイク必須の姿に変えることなく――解放して距離を取った。そして、にこやかに手のひらを振る。
「今度ヒトの大地で見かけたら倫理的にアウトな感じに殺っちゃうぞ?」
「うううううう!」
フィオナは世にも悔しげな顔でパメラを睨みつけたが、魔界へ通じる扉を召喚した。扉を開けて奥へと進みかけ――顔だけをパメラへと向けて舌を出す。
「覚えてなさい! この――」
ふっ!
「『この』の後にはどんな言葉が続くのかしら?」
「……」
それなりに距離があったはずだが、フィオナは一瞬で距離を詰めたパメラによって、再び頬をむぎゅっとされていた。少女は嗜虐の度合いを増した笑みを浮かべる大人パメラに、生死の境ぎりぎりに在る者特有の笑みを返す。
「木の葉乱舞♡」
「木の葉舞う季節まで生きていたいならとっとと帰りなさい」
「喜んで帰らせていただきます!」
命拾いしたフィオナは扉の奥へと押し込まれ――扉ごと人の大地から消え去った。
「あら?」
しかし、この酒場自体が結界の維持を担っているのか、主であるフィオナが去っても結界が消えることはなかった。魔人になった今、パメラに泥酔の効果は及ばないのだが――
「まったく……」
静寂と闇の中、パメラは二日酔いになった時のようにうんざりとした声を上げると、今度は苛立たしげに髪をかきあげた。嫌なことでも思い出したのかも知れない。
と――
「ええええええええい!」
少女のような叫び声が響き渡ると同時に、結界に亀裂が走り――僅かな光が差し込んだ。亀裂の拡大に伴い差し込む光は急速に広がっていく――そして光は弾け、パメラの視界を純白に染めた。
「大丈夫ですか!?」
瞑っていた両目を開けた時、目の前にはを担いだプリシラがいた。彼の頭をぐりぐりと撫でまわしながら周囲を見回せば、そこはフィオナの結界に囚われる前と同じ場所――死霊の酒場だった。そして水晶球によって青白く照らされている店内にはプリシラとパメラしかいない。先ほどの輝きはプリシラが放ったものだったのだろう。
「魔人になるほどの敵がいたんですか!? 魔力は足りてますか!? 消えちゃったりしませんよね!?」
「……」
矢継ぎ早に質問を投げかけてくるプリシラを両腕で乳房に押し付けながら、パメラは微笑んだ。
「あなたはそうでなくっちゃ」
「パメラさん?」
「……何でもないわ。疲れたから祈ってくれる?」
「はい」
プリシラは、パメラの乳房に顔を埋めたまま目を瞑ると、魔神パメラに祈りを捧げた。
それから数分ほどして――
「魔力全快! 残りの仕事を片付けるわよ!」
何やらご機嫌な様子のパメラは背中に翼を生やすとプリシラを抱き上げ、真上に向かって飛び上がった。
「はああああああああああっ!」
「え!? あの、最初に脱出した穴から出れば――」
「こんな施設は遺跡・・にしちゃえばいいのよ!」
そして酒場天井の水晶球を木っ端微塵に粉砕し、その他もろもろを突き破って地上へと帰還した。




