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「プリシラ様!」


 遺跡から戻ったプリシラとパメラを待っていたのは、呪いから解放された女性神官リアーナだった。墓守小屋前から駆け寄ってくると勢い良く頭を下げ、そのまま状況を説明してきた。




「……という状況であります!」


「いなくなっちゃったんですか!?」


「私が目を覚ました時には既に……本当に申し訳ありません!」


「ぬはははは!」


「……」


 リアーナに頭を上げさせたプリシラは、引きつった微笑みを浮かべながら背後の丸っとした人物に向き直った。




「どういうことですか?」


「いやあ! 盗掘していたのですから当然の行動かと! ぬはははは!」


 遺跡から戻ったプリシラとパメラを待ち構えていたのは悪徳村長ビリーだった。そして、救出した冒険者たちは目を覚ますや逃亡したと笑顔で言ってのけた。盗掘は重罪なのだから当然と言えば当然の行動であるが――




「……ロープぐるぐる巻きにして手足に手錠までかけておいたのに逃げたって言うの?」


「ぬはははは! 昨今の冒険者は関節を外してロープから抜け出すなど朝飯前なのでしょうな!」


「関節外したら手首まで外れたってことかしら? ところで……あんたのメイドが持ってるのはチェーンカッターよね」


「はい。『丈夫な刃はあなたよりも長生きします。羨ましいですか?』がキャッチコピーの逸品です」


「……売るのは商品だけにしておきなさいよ」


 パメラは、このあからさまに怪しい状況を物理的な威力で打破してくれようかと悩んだようだが、がしゃがしゃとチェーンカッターの刃を動かすメーヴィスを見て止めた。




「がしゃがしゃ」


「……」


 この無表情なメイドが変人の類であるのは間違いないが、無意味に挑発を見舞ってくるタイプではない。つまり、チェーンカッターを持って神経を逆撫でする擬音を発しているのにも何かしら意味――例えばパメラに腕力に訴えさせようとしている――があると考えるべきだろう。




「がしゃがしゃなさいますか?」


「嫌よ。二本あれば蟹さんごっこくらいしてあげても良いけど――」


「ではこちらをどうぞ」


「……他人がスカートから取り出したものには触らない主義なの」


 スカートの内側から二本目のチェーンカッターを取り出したメーヴィスを両腕で遠ざけたパメラは、うんざりとしたように嘆息すると砂だらけの法衣を、ぱんぱんと手で払い始めた。それを諦めと判断したらしいビリーは満面の笑みを浮かべた。




「ぬはははは! ではそういうことで!」


「待ってください! リアーナさんが彼らの顔を知っているんですから追跡できます! ですよね?」


 諦めきれないらしいプリシラは、リアーナの手を取って縋るような声を出したが――返ってきたのは申し訳なさそうな声だった。




「その……お酒を飲み過ぎてしまってその辺りの記憶がまったく残っておりません! ガネルという高位の死霊スペクターに歯が立たず……」


 遺跡に向かったものの、ガネルによって返り討ちに遭い、強引に酒を飲まされてしまったらしい。そして下位の死霊フライング・ヘッドたち同様、呪いに囚わてしまった。


 とはいえ――




「そうですか……でもそれは仕方ありませんよ。ビリーさんから提供されるべき情報が不足していたんですから」


 死霊たちから魔力を得ることが出来たガネルは、神官単独では対応不可能な強敵だった――むしろ生き残ったことを称賛するべきだろう。そもそも教会が把握していた脅威は”取るに足らない地下遺跡”に現れた下位の死霊フライング・ヘッドのみである。魔人の遺跡が稼働中と分かっていれば、単独では絶対に派遣しなかったはずである。




「聞いてますか?」


 その原因であるビリーは大神官に半眼を向けられ、慌ててそっぽを向いた。




「いやぁ、まさか地震後に遺跡深奥への道が拓かれていようとは! 思いもしませんでした!」


 もちろん、盗掘させていた彼が知らないはずはないのだが。




「証拠はないものね」


「ぬはははは!」


「で、でも! 僕たちを生き埋めにしようとした件は終わってませんよ!」


 プリシラは頬を膨らませて詰め寄ったが、




「ぬはははは! なんのことやら!」


「とぼけるのもいい加減にしないと灰にしますよ!?」


「それはご勘弁を! ぬはははは!」


 ビリーはあくまで、しらを切る気らしい。




「……なら証拠をお見せします」


「ぬはははは! 爆破に証拠もへったくれも――」




 すぱんっ!




「ぬおおお!?」


 そんなビリーは背後からはりせんで叩かれ、転倒――いや、でんぐり返しをするところだった。体勢を立て直し、はりせんを持ったメーヴィスに向き直り、




「……」


「あっ!」


 彼女の視線から理由を察したらしい。再びプリシラに向き直り、慌てて口を開く。




「失礼! 爆破されたとは知りませんでしたよ! ご無事でなによりです!」


「惜しかったわね」


「今ので充分だと思うんですけど?」


「この村の爆薬が流用されたのであれば管理方法を改めることをお約束します! ぬははははははははははははは!」


 結局のところ、誤魔化すように大声を出すビリーを黙らせる証拠はない。




「下手をすればこの村は滅ぼされていたかも知れないんですよ!? 少しでも責任を感じているのなら――」


「村が滅んだなら私は引っ越していたでしょうな! お金はありますから!」


「村長って立場でそんなこと言います!? 嘘でしょ!?」


「ぬはははは! 機会があれば金庫の中をお見せしましょう!」


「そっちではなくて!」


「そろそろ失礼いたします! プリシラ様も宿に戻られてはいかがですかな? ぬはははは!」


 最後の手段として、プリシラは良心に訴えかけてみたが――ビリーに後悔した様子は欠片もなく、彼は哄笑をばら撒きながら去っていった。




「村長に代わりお礼を申し上げます」


 メーヴィスが頭を下げたところでビリーをどうにかできる訳でもない。彼は不正に得た大金でこれからも豪勢に暮らしていくだろう。


 さらに言えば、プリシラたちが発見した”死霊の酒場”は教会の調査対象になるのは間違いないのだから、この村の価値は急上昇することになる。それを利用したビリーはさらに大金を得るだろう。彼がその富を村人に分配することはあり得ない――悪徳村長はさらに肥え太り、村人は貧しいままということである。




「……そんなの許せません。燃やしましょう」 


「本当にやる?」


「……いいえ」


 大神官プリシラでさえそれを阻むことは出来ない。




 その深夜。ビリーはご機嫌な様子でグラスを傾けていた。応接室以上に広く、そして豪華な寝室には彼しかいない。




「ぬははははは!」


 彼しかいないのだが――見えない誰かとお話中なのかと疑うほどの笑い声を張り上げた。抱えていた面倒ごとが一挙に片付いたのだから、この高揚っぷりも仕方ないのかも知れないが。




「ぬほほほほほ!」


 高揚し過ぎて声を裏返らせてしまったようだが、これは死霊の酒場発見分の高揚が上乗せされたためだろう。なにせ、発見された新たな遺跡は自分の懐に大金を呼び込むのだから、声のひとつやふたつは裏返らせて然るべきである。多分。


 ついさっきまで稼働していた遺跡。死霊を呼び寄せる魔人の遺跡――研究者たちはいくらでも金をかけるだろう。そして、それが村の一切を取り仕切る自分の懐を経由することになる。落盤でも起こして発掘を遅延させれば、更に多くの資金が注ぎこまれることになり――ビリーの懐を経由する金はさらに増す。




「あの大神官が盗掘を報告したところで痛くもかゆくもないし! ぬはははは!」


 冒険者たちは金を握らせて既に逃がした。盗掘の物的証拠である魔人の酒も全て売却済みであり、屋敷には一本も置いていない。それで得た金も町で資金洗浄にかけた上で手元に置いてあるので、足がつくこともない。安泰である。この富で裏金でもばら撒けば、どこかの町で要職に就くことが出来るかも知れない。




「そうしたらあの大神官を個室に呼びつけて……ぬはははひひほほふへへへはは!」 


 ビリーが欲望まみれの笑い声と共にどうしようもない想像をしたところで、




『ぐえっ!?』


 壁に掛けられた肖像画が悲鳴を上げた。




「なんだ!? ボンゲル!? おい、何があった!?」


 ビリーは肖像画――正確には、肖像画がかけられた壁の内側に控えている警備の暗殺者――に問いかけたが返事はない。異変を察知したビリーが立ち上がった瞬間、




 ぼっ!




「ひいいいいい!?」


 室内の全ての灯りが消えてしまった。恐怖のあまり、大量の冷や汗を流し始めたビリーの頭上で、天窓が開く音がした。そして、背後から唐突に伝わってくる尋常でない寒気――殺気。




「ひ……」


 ビリーはゆっくりと振り向き――




「こんばんは」


 蝙蝠のような羽をもった女が一歩一歩、近づいてくるのを見た。見覚えがあるような気もしたが――なんにせよ、夜遊びに付き合ってくれる女性コンパニオンを衣装オプション付きで派遣させた覚えはない。侵入者である。それも人ならざる存在の――




「生まれ変わりのお時間よ」


「ひっ!」


 恐怖に全身を凍りつかせたビリーが卒倒する寸前、女が両目を真紅に輝かせた。



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