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愛しくて仕方ない~公爵様は幼な妻から目を離せない~  作者: 茉莉花


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第2話

誕生会は滞りなく進んだ。



ホールでは近しい友人や親戚などに、成人となったお披露目を行った。


左手の指に輝くダイヤモンドに、二重の祝福をもらった。


もちろんこの会も、多少の社交を兼ねている。


父と彼は時折国内情勢の話をしていたが、内容の割には終始穏やかな表情だった。




場所を移動すると、晩餐会は極身内のみとした。


隣に座っていた彼から、思いもよらなかった提案がなされた。


「一週間後からアングラード邸で暮らさないか?」


ナイフとフォークを持つ手が止まる。


「一週間後からですか?」


彼の提案に驚いたものの、すぐに平静を取り戻した。

もう覚悟と準備は出来ていた。


「私たちは8年も前から婚約しているのだ。早いことはないだろう」


そう言うと、彼はいつもと変わらぬ様子でナイフを動かし始めた。




私にとっての8年は人生の約半分だ。



彼にとっても、この8年という年月は長かっただろう。

本来ならば、子供を数人抱えていてもおかしくない歳だ。

私が幼かったばかりに待たせてしまった。



早く大人になりたかった。

早く追いつきたかった。

彼の隣に並ぶのに相応しいくらいに。


でもそれは叶わない。

追いつかない。

彼もまた、歳を重ねている。



彼はとても端麗な顔立ちをされていた。

王子様なのだから当然なのだが、それでも、芯の通った佇まいがそれを際立たせていたように思う。


今ではそこに円熟味が加わっている。彼の人生の厚みが加わっているように感じた。


(私はまだまだ若すぎるわ……)


彼は、私が婚約者でよかったのだろうか……。

私は、彼を満足させてあげられるだろうか。


最近はそれが不安でならない。


私はずいぶんと守られてきたように思う。

世の中の美しい部分しか知らない。

汚い部分を知らない。


(人生経験が足りなすぎる……)


彼と同じである必要はないけれど、それでも理解できる人でありたい。

そう常々願っていた。




 

アングラード公爵邸では、私の誕生日前にはすでに迎え入れる準備が整っていたらしい。

一週間後というのは、私が荷造りをする時間の為だった。


私は、人生の大半を彼の婚約者として過ごしたため、心の準備は終えていた。

ここに残していくものも、持ち出すものも決めている。


侍女らと共に準備を進めていく。


両親が時々覗きに来ていた。

その表情は柔らかい。


彼への信頼なのだろうか。

娘の嫁入りだというのに不安な様子は見られなかった。




「では、いってまいります」


これは、政略結婚だ。

アングラードに嫁ぐ、つまり、王族の妻を務めるのだ。


その責任はひしひしと感じている。

元々そのように教育されてきたのだから。



私は馬車に乗り込んだ。

ルペルリエ公爵邸が小さくなっていく。



穏やかな春の風が、舞う花弁と甘い香りを運んでいる。








(ええと……これは……どういうことなのでしょうか……)



私は今、ソファに座るレオポルド様の膝の上に座り後ろから抱きしめられている。




我が家も公爵邸だったが、こちらは城を思わせるような佇まいで圧倒された。

表で彼は到着を待っていてくれた。

馬車から降りるとエスコートされるがままに応接室に連れていかれ、今に至る。



壁際に立つ使用人らはニコニコと微笑んでおり、誰もこの様子に疑問を抱いていない。


「あの、レオポルド様」


「ん?」


彼は回した腕をそのままに、後ろから私の顔を覗き込む。

思いのほか顔が近くにあって、急に恥ずかしくなった。

私の顔が急に熱を帯びるのを感じた。


「皆さん、見ていらっしゃいますが……」


彼は私の顔をじっと見る。


(やっぱり、綺麗な瞳だわ……)


その金の瞳に自分の顔が映っていて、さらに恥ずかしさがこみ上げた。


「うむ」


彼は私の頬を包み込んだ。


「……?」


彼の行動の意味がわからずにいたが、頬に触れた大きな手が気持ちよくて思わず目を閉じ、その手に頬を寄せる。



「……」



「……?」



反応がないことを不審に思い、ゆっくりと目を開けたら、そこには顔を真っ赤に染めた彼の姿があった。


「レオポルド様?」


彼は名前を聞くなりぷいっと顔を背け、顔をその大きな手で隠されてしまった。



「はやく……」



「?」



彼の小さい呟きはよく聞こえず、私は耳をそばだてた。



「……はやく、結婚式をしよう」



「……え?」



「アルマン!」


「はい、旦那様」


彼は執事を呼んだ。


「仕立て屋を呼んでくれ」


「かしこまりました」


「それから、教会の予定を確保しろ」


「はい」



アルマンは急な命令にも関わらずニコニコしている。



(えっ? えっ⁉)



私はレオポルド様とアルマンを見比べてしまった。





私に宛がわれたのは、日の当たる明るく温かい部屋だった。


アンティークな調度品がとても上品で、私の好きなデザインだった。

色合いは極々淡いのだが、青を基調としていた。


(そんなに青い色が好きなのかしら?)


しかし、彼の身の回りには他にもたくさんの色がある。


「ねぇ、レオポルド様は青がお好きなの?」


私専属にと配置された侍女に聞いてみた。


「はい。お好きだと思います。ヴィヴィアンヌ様のお色ですから」


「私の、色……? それは、『幸せの青い花』のことかしら?」


私が首を傾げると、侍女はクスクスと笑っている。


「あ、失礼しました。ヴィヴィアンヌ様の瞳のお色がきれいな青ですから。お衣装を贈る際もいつも悩まれているとお聞きしておりますよ。どうしても青しか思い浮かばないそうで……」


青の衣装が贈られてくるため、いつも青の衣装を身にまとっていた。

だから私は「青い花」だったのだ。


「そう、でしたか……」



私も彼の色は何か聞かれたら、間違いなく「金」と答えるだろう。


(私と同じ理由なのかしら……)




私は、初めて会ったあの日、彼の瞳に恋をした。


そう、恋なのだ。

父に対する温かさとは違う。


この気持ちは……恋だと思う。




彼に見つめられると、胸が高鳴る。


彼に触れられて、もっと触れたいと思った。


彼に抱きしめられたのを思い出す。


(もっと、ぎゅってしてほしかったわ……)


まさかこんな欲が出てくるなんて……。


きっとまた顔が赤くなっているだろう。

私は両手で顔を覆った。






◇◇◇



(私は耐えている。──褒めたいほどによく耐えていると思う)




部屋に戻るなり頭を抱えることになった。



やっとアングラード邸で彼女と一緒に暮らすことになった。

自分のテリトリーに入ったと思った瞬間、自分の欲が顔を出してしまった。




(愛らしすぎる……)




私の手に頬を寄せる彼女に、口づけそうになるのを何とか耐えた。



(体を寄せたのだって初めてだったのに……)



少しずつ家族になって、私を夫だと思ってもらえれば良いと考えていた。


私は、彼女を女性として愛している。


しかし、素直に愛を伝えることができないほど、私にとって歳の差は大きな問題だった。



(私のことを慕ってくれているとは思うが……)



私は大きくため息をついた。



(二つしか違わないのだよ……)



ルペルリエ公爵と二つしか違わない。


つまり、彼女の父親と2歳しか違わないのだ。




彼女は私に純粋に甘えてくれているだけだ。


そうとしか思えなかった。

 





◇◇◇



せっかくヴィヴィアンヌ様がお越しになったのに、また以前の旦那様に戻ってしまわれた。



初日こそ、こちらが浮かぶ涙をこらえるのに必死になるほど、愛を表現されておられたのに、今はもうヴィヴィアンヌ様と目を合わすことすらされなくなってしまった。



「旦那様、明日からまたご公務が立て込んでおりますので、少しヴィヴィアンヌ様とのお時間を堪能されたらいかがですか?」


殿下が臣籍降下し、公爵邸を構えるにあたり執事として配属されてから、ずっとお近くでお仕えしているが、旦那様がヴィヴィアンヌ様を、それはそれは大切にされていることが、痛いほどよく伝わっていた。


私も、はじめはご令嬢になんて酷なことを、と思ったが、ヴィヴィアンヌ様にお会いしたらば、そんな愁いは晴れた。


だからこそ、旦那様からもっとお近づきになられたらよろしいのにと思うのだが、一般的に言えば難しいだろうこともわかる。



この婚約は8年前に結ばれているからだ。

ヴィヴィアンヌ様が成人してから結ばれた婚約ではなく、10歳の時に28歳の旦那様と結ばれたもの。


今までの愛をお伝えになるのは、難しい。



「旦那様……。ヴィヴィアンヌ様が寂しそうですよ……」


私の声掛けにガバッと顔を上げた旦那様は、くるっとこちらに向き直る。


「寂しそう?」


「ヴィヴィアンヌ様は、旦那様がお忙しいことも理解されておりますから、お言葉にされておりませんが、いつも視線は旦那様をお探しです。お会いして差し上げてはいかがでしょうか?」


「そう、だったな。彼女は、家を出てこちらに来ているのだから……」


旦那様はペンを置くと腰を上げて、颯爽と扉から出ていった。





(“愛しい”。それは大切な感情です、旦那様……)



 私には、見守り、背中を押して差し上げることしかできません。





お読みいただきありがとうございます。

二人の想いは、ようやく動き始めました。

次話、最終話です。

どうぞ最後までお付き合いください。

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