第2話 二度目の裏切り
私とディルの婚約破棄はすぐに知れ渡った。
そしてその原因がディルの不貞という事も。
問題の二人は早々に学校を退学した。
私は卒業までの1年と少し通わなければならないというのに…
けれど、プラリアは他の女子生徒から評判が悪かったので、私に同情してくれる人が多かった。
たまに『ネトラレ女』と揶揄する男子生徒がいるが、そんな時は友人たちが庇ってくれた。
婚約者には恵まれなかったけど、友人には恵まれたわ。
それに、そんなバカの言うことを気にするほどこちらも暇ではない。
そもそも、私が下を向かなければならない理由などないのだから!
それでも…次の縁談を探すのはなかなか難しそう。
不貞を犯したのは向こうなのに、理不尽極まりないわ。
…でも…しばらくは時間が欲しかったから…ちょうど良かったのかもしれない。
そして月日は流れ、私は無事に高等学院を卒業した。
「これからどうしようかしら…まずは晩餐会や舞踏会にバンバン出席して、出会いを探さなきゃねっ」
婚約破棄し、高等学院も卒業し、私は今年で19歳になる。
そろそろ、婚約者探しをしなければ…と気持ちは前向きになりつつあった。
両親にもいいご縁があれば進めて下さるようにお願いしている。
だが今は昔と違って、親の持ってくる縁談をただじっと待ってはいられない。
まずは出会いを求めにいかなければ何も始まらないわ!
私は友人の令嬢を伴って、社交の場へ出るようになった。
そんな時、ひとりの令息に声をかけられた。
「久しぶり、元気だった?」
「…マクトル?」
長い赤茶色の髪をひとつに束ね、明るいグリーンの瞳がこちらを見ていた。
それはシガー子爵家の長子マクトルだった。
彼は高等学院の元同級生
ディルの事で、気にかけてもらっていたっけ…
婚約破棄したことで揶揄われる私を庇ってくれた一人だ。
「お久しぶり。お陰様で、今はこうして出会いを求めて奮闘しているわっ」
「じゃあ、今日君に会えて良かった」
私を見つめながら言う彼の瞳が、熱を帯びていた。
「…そ、そう…?」
私はその視線に気づかないふりをして、グラスに口をつけた。
♪~
ワルツが流れて来た。
「一曲お願いできますか?」
「光栄でございますわ」
マクトルが私に右手を差し出してきた。
私は、そっと彼の手を取る。
彼とはダンスの授業で、何度かパートナーをした事があった。
あの時はぎこちない動きばかりで、講師に何度も怒られていたのに…
「ふふ、マクトル、上達したのね」
「あの時は…相手が君だったから、緊張してうまく踊れなかっただけだよ」
「え?」
今のって…?
少し耳が赤くなっているマクトル。
「じゃあ、今はもう緊張していないってことね」
「…いや、今はこうして君と踊れる喜びの方が大きくて、緊張していられないよ」
「マクトル…」
彼は照れ臭そうにそう言った。
私は思わず俯く。
だって…きっと今、顏が赤くなっているわ…私。
「君さえよければ、また会ってもらえないだろうか?」
「…ええ」
それから彼と出かけるようになり、共に過ごす時間を重ねていった。
そんなある日、彼から求婚された。
「君の中で僕はまだ、友人の域を超えていない事は分かっているよ。けど、僕を選んでくれたことを後悔させるような事はしない。必ず幸せにするよ」
「マクトル…嬉しいわ…」
私の答えに、マクトルは満面の笑みを見せてくれた。
私も…彼とならいつか友情が愛情に変わるだろう…そう信じていた。
けれど……
その想いは無残にも打ち砕かれた。
婚約が決まって一か月後、彼が女性と連れ立ってホテルへ入って行く姿を見てしまったのだ……
発端は友人たちからの言葉だった。
マクトルが女性とホテル街へ行くところを何度か見たという話を耳にした。
半信半疑だったが、彼らを目撃したという場所で待ち伏せていたら…
「ち、ちがうんだっ か、彼女は幼馴染で…っ それでっ そ、そう! 街を歩いている途中で…か、彼女の気分が悪くなって…しかたないから…その…休めるところを探して…」
パ―――――ン!!
「だったら、最初に行くべきなのは病院でしょう!?」
彼は殴られた頬を押さえながら、目を白黒させていた。
二度目の婚約破棄―――――…
この時点で、慰謝料だけで私の資産は相当な金額になっていた。
通常、慰謝料は当主が管理するものだが、父は私を気遣い、その全てを私の口座に振り込んでくれていたからだ。
実は不貞が発覚した後、マクトルが私を訪ねて来た。
一緒にいた令嬢は幼馴染だそうだ。
マクトルが婚約した事で、昔からマクトルが好きだったと彼女から告白された。
そして、一度でいいから想い出が欲しいと言われ関係を持ったと…
一度?
何度もホテル街であなたたちの姿が目撃されていたのはなぜ?
いえ、そんな事はもうどうでもいい。
ただの想い出作りだから、不貞を許せってこと!?
どんだけ頭の中が湧いてるのよ!
謝罪どころか言い訳にもならない寝言を聞かされて、時間の無駄だったわ。
すぐに執事に彼を追い出してもらった。
その後、弁護士を通して婚約破棄し、二度とマクトルと会う事はなかった。
「…なんで…なんでこんな事になるの…? 二度も裏切られるなんて…私が悪いの…? 私のせいなの…?」
…悔しい…
裏切られたのは私なのに、傷つけられたのは私なのに…どうして自分のことを責めなきゃならないの…っ
そして…二度の婚約破棄をした令嬢に、次の良縁は難しい。
それでも父は、今度こそ良い相手を!と奮闘してくれている。
けれど念のため、私に釘を刺した。
「カルミア…こんな事言いたくはないのだが…次に破棄になるような事になったらもう…まともな縁談は望めないと覚悟しなさい。だから、もし…もしも次に何かあったとしても………割り切るんだ。そもそも貴族同士の婚姻はそういうものだと割り切りなさい…割り切るしかないのだ…」
父は肩を落としながら、言いたくなかったであろうことを苦しそうに話した。
「……はい、承知しております。お父様」
貴族社会の世の中、基本、結婚は政略が常識。
けれど私の両親は恋愛結婚だ。
父は一度も不貞を犯した事がなく、母一筋。
そんな仲の良い両親を見ながら育ってきた私も、恋愛結婚にあこがれた。
そして出会った、幼馴染の婚約者。
彼を愛していた。
けれど、彼は裏切った。
二人目の婚約者は元々友人だった。
彼を信頼していた。
この先、愛情に変わる日が来ると思っていた。
けれど、彼も裏切った。
『愛している』
『幸せにする』
耳に心地よい言葉を何万回囁かれても、人は簡単に裏切るのだ。
普通一度の破棄でも厳しい状況なのに、二度目となると当然選り好みできる立場ではない。
次がダメになったら残すは後妻か妾か修道院行きか。
まったく…二度婚約しても結婚まで行きついた事もない、純潔のままだというのに…
そして思い出すあの言葉。
『二度あることは三度ある』
また同じように裏切られるかもしれない、傷つけられるかもしれない。
だが、それを覚悟するしかなかった。
だって、私にはもう後がないのだから……
いいですっ 割り切るわっ
割り切りますとも!
三人目の婚約者が不貞をしたとしても割り切るわっ
目指すは婚約続行!結婚成就!!
私は…ただただ、次こそ最後でありたいと心から願った。




