第二話 現実
生田は左手に持ったスマートフォンで足元を照らし、右手を岩壁に沿わせて歩いた。重い足取りで転がる岩を踏み、足首を何度もねじった。呼吸を乱しても、鼻や口から入ってくるのは、蒸した土のような空気ばかりで、肺は酸素を求め続ける。息をするほど苦しくなる。
照らしきれない闇への恐怖を生田は喪失していた。もっと別の恐怖が、彼の精神を飲み込んでいた。
「壁際は歩きにくいでしょう。肩をお貸ししますよ」
生田に追いついた志島がそう言った。その足取りは軽やかだが、生田を決して追い抜かないようにしていた。生田は志島の提案に応えず、死にかけの虫が難から逃れようとするように歩を速めた。だが、足がもつれた。壁にすがろうとした右手は、指紋を岩肌に削り取られた。志島がとっさに支えたため、身体を岩に叩きつけずに済んだ。自分の身に起きた危機とバツの悪さに、背中へ冷たい汗がどっと噴き、頬はかっと熱くなった。
「大丈夫ですか?」
覗き込むような声に、生田は顔を上げた。その瞬間、眼前の光景に息を呑んだ。いつの間にか闇の終着点にたどり着いていた。
「……違う、ところから入ってきたんじゃないか?」
「……いいえ。約二時間前、私たちは確かに、ここから入りました」
終着点は岩と土砂で隙間なく塞がれていた。心臓はぶるぶると暴れ、足はがくがくと震える。そして、全身の毛が針のように逆立つ感覚――生田は無意識に土砂にとりすがった。
「ダメです! また崩れるかもしれません!」
志島はその体を引きはがした。生田は尻もちをつき、指紋を削られた指先に砂粒が張りついた。その痛みが、張りつめていた恐怖を一気に決壊させた。
「……じゃあ、どうすんだよ!!」
悲鳴のような声が、湿った空気を震わせた。
「私たちはここに閉じ込められたのです。救助を待つしかありません。それは――」
「待ってられっかよ――」
どうしてそう、のんきでいられるんだ。
「おーい! 誰かー! おーい……」
生田は、震え、かすれ、裏返る痛々しい声を張り上げた。返事はなく、ねじれるような喉の張りつきに長くは持たなかった。
妻、会社、警察――思いつく限りに連絡を取ろうとしたが、ことごとく繋がらない。一瞬でも電波を拾おうと、ふらふらと闇の中をさまよう。手は震え、スマートフォンの操作すらままならなかった。頼む、頼む、頼む……とぼそぼそ呟いた。
志島は生田を見守っていた。何か言いたげに眉を寄せるが、結局、口を開かない。その程度の言葉で生田がおとなしくなるとは思えなかった。
生田はわずかな可能性を求め、壁や床を探り始めた。だがそれは、もはや何かが起こるのを期待して、壁や床を撫で回しているようなものだった。彼の指の爪すべてに土が詰まり、手は土と泥に覆われ、もとの肌色が分からなくなっていた。
志島はたまらず、声をかけた。
「……生田さん」
呼びかけるも、生田は手を止めない。
「いくたさ――」
「ああ! うるさい! 黙ってろよ!」
生田は、獲物を奪われかけた獣のような眼つきで志島を睨んだ。志島のシャツに土色の手形がこびりついた。




