第10話・後編『ギャル、“こはるの味”を掴むき』
夜のこはる。
厨房には煮物の甘い香りが漂っていた。
アリスは汗を拭いながら、三度目の肉じゃが鍋を見つめていた。
(うち……今日だけで何回作ったろう……じゃがいもも玉ねぎも、もう何個切ったか分からん……でも……リンネちゃんと並んで立つためには……絶対に妥協できんき)
壮真は腕を組んでアリスの背中を見ていた。
「アリス。最後の仕上げや。火、弱めろ」
アリスは真剣な表情で火を弱めた。
ふつふつ……鍋の音が優しくなる。
壮真が言う。
「煮物はな、最後の“ふつふつ”が一番大事や。ここで味が決まる」
アリスは鍋を覗き込みながら頷いた。
「……なんか、鍋が“もうちょっとやで〜”って言いゆう気がする……」
壮真は笑った。
「お前、ほんま鍋と会話するやつやな」
アリスは照れながら笑った。
「だって……なんか……うちの料理が生きちゅうみたいで……嬉しいがよ」
壮真は少しだけ優しい声で言った。
「それでえい。料理は生き物や。火と水と素材が合わさって、初めて“味”になる」
アリスは胸が熱くなった。
(壮真……いつもありがとう……壮真はうちをいつも見てくれちゅう……)
壮真が言った。
「ほんなら味見してみ」
アリスはスプーンで煮汁をすくい、そっと口に運んだ。
「……っ……あ……なんか……うちの好きな味に近い……でも……もうちょっとだけ、甘さ欲しいかも……」
壮真は頷いた。
「ほんなら砂糖をひとつまみ足せ。煮物は最後の微調整が命や」
アリスは慎重に砂糖を入れた。
もう一度味見。
「……っ……これ……うちの味や……!」
壮真は腕を組んで言った。
「ほんなら、完成や」
アリスは目を丸くした。
「え……ほんまに……?」
壮真は頷いた。
「ほんなら皿に盛れ。試食する」
アリスは緊張で手が震えた。
(壮真に食べてもらうの……なんか……リンネちゃんに食べてもらうより緊張する……)
アリスは肉じゃがを皿に盛り、壮真の前に置いた。
壮真は箸を取り、じゃがいもをひとつ口に運んだ。
アリスは息を止めた。
壮真はゆっくり噛み、目を閉じた。
沈黙が流れる。
アリスは胸がドキドキしていた。
(どう……?どうなが……?うち、ちゃんとできちゅう……?)
壮真は次に玉ねぎ、にんじん、牛肉を食べた。
そして──静かに箸を置いた。
アリスは耐えきれず声を震わせた。
「ど、どう……?」
壮真は短く言った。
「……悪うない」
アリスは目を丸くした。
「え……それって……どういう……?」
壮真は少し笑った。
「アリス。これ……“こはるの味”になっちゅう」
アリスは涙が溢れた。
「……ほんまに……?うち……ちゃんと作れた……?」
壮真は頷いた。
「お前、今日だけでだいぶ上手になった。火の通りも、味の染み込みも、調味料の順番も……全部ちゃんとできちゅう」
アリスは涙を拭いながら笑った。
「よかった……ほんまによかった……
うち……
リンネちゃんと並んで立てる……?」
壮真は言った。
「立てる。
胸張ってえい」
アリスは胸に手を当てた。
「うち……
もっと上手になりたい。
リンネちゃんと一緒に料理するために……
うち、もっと頑張るき」
壮真は少しだけ優しい声で言った。
「ほんなら、明日からまた練習やな」
アリスは力強く頷いた。
「うん!
うち、やるき!」
こはるの厨房に、
アリスの決意が響いた。
◆こはる流・肉じゃが(テキストレシピ)
■材料(2〜3人分)
●野菜
じゃがいも……3個(中サイズ)
玉ねぎ……1個
にんじん……1/2本
糸こんにゃく……1/2袋(軽く湯通し)
●肉
牛こま切れ肉……150g
●調味料
だし汁……300ml
砂糖……大さじ2
酒……大さじ2
みりん……大さじ2
醤油……大さじ3
油……大さじ1
■下ごしらえ
1. じゃがいも
皮をむき、食べやすい大きさに切る
角を落として面取りする(煮崩れ防止)
2. 玉ねぎ
くし形に切る
火が通りやすいので 後半で入れる用に分けておく
3. にんじん
乱切り
火が通りにくいので 最初に入れる
4. 糸こんにゃく
さっと湯通しして臭みを取る
食べやすい長さに切る
■作り方
1. 牛肉を炒めて旨味を出す
鍋に油を入れ、中火で牛肉を炒める。
色が変わったら一度取り出す。
※こはる流ポイント
→ 肉を先に炒めて旨味を出し、煮汁に溶け込ませる。
2. にんじん・じゃがいもを炒める
同じ鍋でにんじんとじゃがいもを軽く炒める。
油が回るまででOK。
※こはる流ポイント
→ 火の通りが遅い順に扱う。
3. だし汁を加えて煮る
鍋にだし汁を入れ、
にんじん・じゃがいも・糸こんにゃくを入れて中火で煮る。
ふつふつしてきたら弱めの中火に。
4. 調味料は“順番”が命
煮物は 味の染み込みやすい順 に入れる。
砂糖(甘さが一番染みる)
酒
みりん
醤油
5. 玉ねぎを後半で入れる
玉ねぎは火が通りやすいので、
煮込みの後半で投入する。
※こはる流ポイント
→ 玉ねぎの甘さを残すために“後半投入”。
6. 火加減は“ふつふつ”を保つ
強すぎると煮崩れ、弱すぎると味が入らない。
鍋の音を聞きながら ふつふつ を維持する。
アリスが壮真に叩き込まれたポイント。
7. 味見して微調整
最後に味見して、
薄ければ醤油、甘さが足りなければ砂糖を少し足す。
※こはる流ポイント
→ “自分の舌で決める”のが料理人。
8. 完成
じゃがいもがほろっと崩れる直前、
玉ねぎが透き通ったら完成。




