第10話・中編『ギャル、肉じゃがで“料理の基礎”を叩き込まれるき』
こはるの厨房。
夕方の光が差し込む中、壮真はまな板をアリスの前に置いた。
「ほんなら、肉じゃが特訓始めるぞ」
アリスは背筋を伸ばした。
「うち、頑張るき!」
壮真は淡々と野菜を並べる。
じゃがいも
玉ねぎ
にんじん
牛肉
糸こんにゃく
アリスはその量を見て思わず声を上げた。
「え、こんなに使うが!?肉じゃがって……なんかもっと簡単なイメージやったけど……」
壮真は鼻で笑った。
「簡単そうに見えて、実はめちゃくちゃ奥深い料理や。煮物の基本が全部詰まっちゅう。 これ作れんと、料理人として話にならん」
アリスはごくりと唾を飲んだ。
(リンネちゃんと並んで立つためには……これ、絶対できるようにならんと……)
壮真はじゃがいもを手に取った。
「まずはじゃがいもや。煮崩れ防ぐために“面取り”する」
アリスは首をかしげた。
「めんとり……?なんか……メイクのテクニックみたいな名前やね……」
「料理の話や。ほら、見ちょけ」
壮真は包丁でじゃがいもの角を丁寧に落としていく。
アリスは目を丸くした。
「え、角落とすだけで崩れんくなるが!?なんか……魔法みたいやん!」
「魔法やない。理屈や。角があるとそこがほかの食材にぶつかって崩れる。丸くしとけ当たっても崩れにくい」
アリスは感心しながらじゃがいもを持った。
「うちもやるき!」
しかし──
ゴリッ
「うわっ!なんか変な形になった!」
壮真はため息をついた。
「力入りすぎや。優しく、丁寧にやれ」
「優しく……丁寧……なんか壮真、恋愛相談みたいなこと言いゆうね……」
「あほか!」
アリスは笑いながら、何度も何度もじゃがいもを面取りした。
最初はゴツゴツだったが、少しずつ丸く、綺麗になっていく。
壮真は腕を組んで言った。
「最初よりだいぶえい。ほんなら次や」
壮真は玉ねぎを半分に切った。
「玉ねぎは火の通りが早い。じゃがいもと同じタイミングで入れたら崩れる」
アリスは驚いた。
「え、そうなが!?全部一緒に入れたらえいと思っちょった……」
「それが素人や。煮物は“火の通り”を読むんや」
壮真は玉ねぎをくし形に切りながら言う。
「玉ねぎは甘さが命や。煮すぎると溶けてしまう。煮込みの後半で入れるんや」
アリスは真剣に頷いた。
次に壮真はにんじんを手に取った。
「にんじんは火の通りが遅い。じゃがいもより先に入れる」
アリスは驚いた。
「え、そうなが!?にんじんって硬いだけやと思っちょった……」
「硬いから火が通りにくいんや。煮物は“硬さの順番”で入れる」
アリスはメモを取り始めた。
「硬い順……にんじん → じゃがいも → 玉ねぎ……覚えたき!」
壮真は少し笑った。
「覚えるだけやなくて、体で覚えろ」
壮真は糸こんにゃくを湯通しした。
「こんにゃくは臭みがある。湯通ししてから入れろ」
アリスは鼻を近づけた。
「ほんまや……なんかちょっとクセある匂いやね……」
「湯通しすれば消える。料理は下処理が命や」
アリスは頷いた。
「うちも湯通ししたら……なんかクセ消えるろうか……」
「お前のクセはは湯通しでは消えん!」
「ひっどーーー!」
壮真は牛肉をフライパンに入れた。
じゅわぁぁ……
アリスは目を輝かせた。
「うわっ……めっちゃええ匂い……!」
「肉は炒めて旨味を出す。その旨味が煮汁に溶けるんや」
アリスは真剣に見つめた。
「肉って……こんなに大事ながや……」
「当たり前や。肉じゃがの“肉”やぞ」
アリスは笑いながら肉を炒めた。
壮真は鍋に水とだしを入れた。
「煮物はだしが命や。これが味の土台になる」
アリスは鼻を近づけた。
「やっぱり……落ち着く匂いやね……おあばあちゃんがいたこはるのにおい……」
壮真は少しだけ優しい声で言った。
「こはるの味は、おばあちゃんの味や。お前が継ぐ味や」
アリスは胸が熱くなった。
「……うち、絶対覚えるき」
壮真は調味料を並べた。
砂糖
醤油
みりん
酒
「煮物は調味料の順番が大事や。まず砂糖。甘さが一番染み込みやすい」
アリスは驚いた。
「え、そうなが!?なんか……全部一緒に入れたらえいと思っちょった……」
「それが素人や。順番で味が変わる」
アリスはメモを取った。
「砂糖 → 酒 → みりん → 醤油……覚えたき!」
壮真は頷いた。
「ほんなら入れてみ」
アリスは慎重に調味料を入れた。
ふつふつ……
甘い香りが広がる。
アリスは思わず笑った。
「なんか……うちの料理が“料理らしく”なってきた気がする……!」
壮真は腕を組んで言った。
「まだまだや。ここからが本番や」
壮真は鍋を見つめながら言った。
「煮物は火加減が命や。強すぎても弱すぎてもあかん。“ふつふつ”を保て」
アリスは鍋を覗き込んだ。
「ふつふつ……なんか可愛い音やね……」
「音で火加減を読むんや」
アリスは真剣に耳を澄ませた。
「……あ、音変わった!ちょっと強い気がする!」
「ほんなら火を弱めろ」
アリスは火を弱めた。
ふつふつ……
「戻った……!なんか……だいぶ鍋と会話できるようになったがやない?」
壮真は笑った。
「前に比べたらな!」
アリスは嬉しそうに頷いた。
壮真は言った。
「ほんなら味見してみ」
アリスはスプーンで煮汁をすくい、そっと口に運んだ。
「……っ……なんか……優しい……でもまだちょっと薄い……?」
壮真は頷いた。
「そうや。ほんなら醤油を少し足せ」
アリスは慎重に醤油を入れた。
もう一度味見。
「……っ……さっきより……うちの好きな味に近い……!」
壮真は言った。
「それでえい。料理は自分の舌を信じるんや」
アリスは胸に手を当てた。
「うち……リンネちゃんと並んで立ちたいき……もっと上手になりたいき……絶対覚える」
壮真は小さく頷いた。
「ほんなら、もう一回作るぞ」
アリスは目を丸くした。
「え、もう一回!?今のでも結構疲れたが……」
「疲れたくらいで弱音吐くな。リンネと並びたいんやろ?」
アリスは拳を握った。
「……うん!やるき!」
アリスは再びじゃがいもを手に取った。
(うち……絶対上手になるき。リンネちゃんと一緒に料理するために……うち、変わる)
アリスの特訓は夜まで続いた。




