第9章・中編『ギャル、転校生と再会するき(中編)』
放課後。
アリスはこはるの暖簾をくぐり、厨房で仕込みをしている壮真の背中を見つけた。
「壮真……相談あるがやけど」
壮真は包丁を動かしたまま返事した。
「なんや。 また難しい顔しちゅうな」
アリスは今日の出来事を全部話した。
リンネが転校してきたこと。
同い年で料理人であること。
そして──
「リンネちゃんが“アリスさんの料理食べてみたい”って言うたがよ。嬉しいけど……絶対勝てんき怖いがよ」
壮真は包丁を置き、アリスの目をまっすぐ見た。
「アリス。お前がリンネに勝てんのは当たり前や」
アリスは目を丸くした。
「えっ……」
「向こうは小さい頃から料理しゆう。積み重ねが違うき。昨日今日始めたお前が勝てるわけない」
アリスは肩を落とした。
「……やっぱり、そうながや」
壮真は首を振った。
「でもな。“勝てん”と“出したらいかん”は違うで」
アリスは顔を上げた。
「え……?」
「リンネは“アリスの味”を知りたい言うたんやろ?なら、背伸びせんと“お前の料理”を出せばえい」
アリスは胸に手を当てた。
「……うちの味、か」
壮真は頷いた。
「で、何作る?」
アリスは少し考えて──ぱっと顔を上げた。
「煮込みハンバーグ作りたい。うち、あれ好きやし……リンネちゃんもうちのハンバーグが食べたいって言いよったき」
壮真は笑った。
「ええやん。ほんなら練習するぞ」
壮真はまな板を出し、アリスの前に置いた。
「煮込みハンバーグは普通のより難しいぞ。玉ねぎの甘さ、肉のふわふわ感、ソースの濃さ、火加減……全部バランス取らなあかん」
アリスは拳を握った。
「うち、やるき!」
アリスは包丁を握り、トントントンと刻み始めた。
だが──
「ほら、大きさバラバラや。これが味に出るき」
アリスは悔しそうに唇を噛んだ。
「もう一回やるき!」
何度も何度も刻む。包丁の音がリズムを刻む。
(リンネちゃんに……“美味しい”って言うてもらいたい)
壮真が言う。
「前も言ったように、混ぜるときは素早く手の熱が伝わらないように混ぜろ」
アリスは真剣な表情で混ぜ続けた。
「こう……?」
「そうや。その調子や」
「煮込みは普通のより崩れやすい。表面をしっかり滑らかにせえ」
アリスは丁寧に形を整えた。
「こんな感じ?」
「前よりえい。でもまだ甘い。もう一回」
アリスは何度も何度も丸めた。
壮真が深めの鍋を出した瞬間、アリスは目を輝かせた。
「煮込みはここからが本番や。ソースが“料理の人格”になる」
「じ、人格!?料理に人格あるが!?なんかカッコええやん!」
壮真は少し笑った。
「ほんなら、アリスの人格も出るき。気ぃ抜くなよ」
アリスは背筋を伸ばした。
「うちの人格……ギャル味にならんろうか……」
「なるかもな。だからいつも通り、アリスらしく明るく作ればいい。暗いままだとソースも暗くなる」
アリスは照れたように頬を赤くした。
赤ワインを注ぐと、ふわっと甘い香りが立ち上がる。
アリスは鍋を混ぜながら鼻を近づけた。
「うわっ……なんか大人の匂いや……これ絶対美味しくなるやつやん!」
「匂いでテンション上がるのはえいことや。料理は五感で作るき」
アリスはそっと鍋に入れた。
ぽちゃん……
「……入った……!なんか……お風呂入れたみたいや……」
「例えが変やけど、まあえいわ」
鍋がふつふつと音を立てる。
アリスは真剣な顔で鍋を見つめた。
「……なんか、ソースが“もっと美味しくなるで〜”って言いゆう気がする」
「気のせいや」
「いや、絶対言いゆう!ほら、なんか……“アリス、頑張れ〜”って……」
「ソースが喋るか」
アリスは笑いながら味見した。
「……っ……うわ、めっちゃ美味しい……!なんか……うちが作ったとは思えん……!」
壮真は腕を組んで言った。
「それがお前の“今の実力”やき。胸張れ上等に出来ちゅうき!」
アリスは胸に手を当てた。
「うち……リンネちゃんにこれ食べてもらいたい。この味なら……、恥ずかしくないき」
壮真は小さく頷いた。
「ほんなら、明日胸張って出せ」
アリスは力強く頷いた。
「うん!うち、やるき!」




