第6章・後編『ギャル、煮物で“心”を知るき(後編)』
落とし蓋をした鍋の前で、アリスは腕を組んで仁王立ちしていた。
「……まだ……?まだ煮えんが……?」
壮真は呆れたように言う。
「まだや。煮物は“待つ料理”やって言うたやろ」
「でも……なんか……鍋の中で大根が寂しそう……」
「寂しゅうない。味が入るの待ちゆうだけや」
アリスは鍋を覗き込みながら、落とし蓋をちょいちょい触ろうとする。
壮真が即座に止めた。
「触るな」
「ひぇっ!?なんで!?様子見たほうがよくない!?」
「落とし蓋は“触らんこと”が大事なんや。触ったら温度も対流も乱れる」
アリスはむくれた。
「……煮物って……なんか……うちのこと試してくる……」
「試してない。お前が落ち着きなさすぎなだけや」
「ひどっ!」
10分ほど経ったころ。
ふわりと、甘くて優しい香りが厨房に広がった。
アリスは目を丸くした。
「……なんか……匂いが変わった……!」
壮真は頷く。
「大根に味が入り始めた証拠や。煮物は“香りの変化”で分かる」
アリスは鍋を見つめた。
「……なんか……大根が……幸せそう……」
「幸せかどうかは知らんけど、味は染みてきちゅうな」
壮真は落とし蓋をそっと外した。
アリスは思わず息を呑んだ。
「……色……!大根が……なんか……“料理”になっちゅう……!」
「ここからは“照り”を出す時間や。火を少し強めて、煮汁を軽く煮詰める」
アリスは鍋の中を見つめながら言った。
「……なんか……料理って……最後の最後で一気に完成に近づくがやね……」
「そうや。途中で焦っても意味ない。“待つ”ことが一番大事や」
アリスは胸に手を当てた。
「……うち、待つの苦手やけど……なんか……今日、ちょっとだけ分かった気がする…… 待つって……大事なんやね……」
壮真は少しだけ目をそらした。
「……まあな。料理も、人間関係も、急いだら壊れることのほうが多いき」
アリスはその言葉に胸が熱くなった。
煮汁が少し煮詰まり、大根に照りが出たところで火を止めた。
壮真は器に盛り付け、アリスの前に置いた。
「ほら。お前が作った煮物や」
アリスは箸を持ち、そっと大根を口に運んだ。
じゅわっ。
「………………っ」
大根の中までしっかり味が染みていて、噛むたびに優しい甘さと旨味が広がる。
アリスの目に涙が浮かんだ。
「……おいしい……なんか……うち……今日、ちゃんと“料理した”気がする……」
壮真は照れくさそうに言った。
「まあ……悪くない出来や」
「褒めてや!!!」
「褒めゆうやろ」
アリスは笑った。
「……うち、もっと上手になりたい。もっと色んな料理作りたい。壮真に……もっと教えてほしい」
壮真は小さくつぶやいた。
「……言われんでも教えるき」
◆こはる流・鶏と大根の煮物レシピ
■材料(2〜3人分)
大根……1/2本
鶏もも肉……1枚(250〜300g)
生姜……薄切り2〜3枚
水……300ml
だし(粉末でも可)……小さじ1
醤油……大さじ2
みりん……大さじ2
酒……大さじ2
砂糖……大さじ1
油……少量(鶏肉を焼く用)
■下ごしらえ
大根を2cm幅の輪切りにし、皮を厚めにむく(5mmくらい)。
角を落として面取りする。
鍋に大根と水を入れ、下茹でして竹串が少し入るくらいまで柔らかくする。
鶏もも肉は一口大に切り、余分な脂を軽く取り除く。
■作り方
鍋に油を少量入れ、鶏肉を軽く焼いて表面に色をつける。
水300ml・だし・醤油・みりん・酒・砂糖・生姜を入れる。
下茹でした大根を加える。
落とし蓋をして弱火で15〜20分煮る。
落とし蓋を外し、火を少し強めて煮汁を軽く煮詰める。
大根に照りが出たら完成。
■ポイント
大根は下茹で必須。これで味の入りが段違いになる。
落とし蓋は触らない。温度と対流が安定して味が均等に入る。
最後の煮詰めで照りを出すと、見た目も味も一気にプロっぽくなる。
鶏肉は焼きすぎない。表面に色がつけばOK。




