第6章・前編『ギャル、煮物で“待つ”ことを知るき(前編)』
天ぷらの翌日。
アリスはいつものように「こはる」の厨房に立っていた。
だが今日は、いつもより少し落ち着いた表情だった。
「……なんか、昨日の天ぷらで……うち、油と友達になれた気がする……」
壮真は苦笑しながら、まな板の上に大根と鶏肉を置いた。
「ほんなら今日は“煮物”や」
アリスは固まった。
「……煮物……?なんか……地味……」
「地味やない。煮物は“料理の本質”や」
「本質……?」
壮真は大根を手に取り、アリスの目の前で軽く回した。
「煮物はな、“火加減”と“時間”で味を作る料理や。包丁の技術より、“待つ根性”が必要になる」
アリスは眉をひそめた。
「……待つ……?うち、待つの苦手やき……」
「知っちゅう」
「ひどっ!」
壮真は大根を輪切りにし、皮を厚めにむいた。
「大根は皮が厚いき、“厚めにむく”のが基本や」
アリスは包丁を構えた。
「……厚めって……どれくらい……?」
「5mmくらいやな。薄いと筋が残るき」
アリスは慎重に皮をむいた。
「……なんか……大根って……白い宝石みたいや……」
「例えが乙女やな」
「乙女やき!」
壮真は続ける。
「角を落とす“面取り”もしとけ。煮崩れ防止や」
アリスは大根の角をちまちま削りながら言った。
「……これ……地味に楽しい……」
「料理はこういう“手間”が味になるんや」
壮真は鍋に水を張り、大根を入れた。
「大根は“下茹で”する。これで苦味が抜けて、味が入りやすくなる」
アリスは鍋を覗き込んだ。
「……なんか……温泉みたいや……」
「大根の温泉やな」
「なんか可愛いちや……!」
壮真は苦笑した。
壮真は鶏もも肉を切りながら言った。
「鶏肉は余分な脂を落とす。煮物は脂が多いと味が濁るき」
アリスは鶏肉を触って震えた。
「……なんか……ぷにぷにしゆう……」
「アリスのほっぺみたいやな」
「ひどっ!最近食べ過ぎて気にしゆうがやきね!」
壮真は鍋にだしを張り、醤油・みりん・砂糖を加えた。
ふわりと甘い香りが広がる。
アリスは目を輝かせた。
「……なんか……ばあちゃん家の匂いする……」
「煮物は“匂い”で味が決まるきな」
アリスは大根を鍋に戻し、鶏肉をそっと入れた。
壮真は火を弱めた。
「煮物は“弱火”が基本や。強火にしたら味が入らん」
アリスは驚いた。
「えっ……強火のほうが早く煮えるろ……?」
「早く煮えるけど、味は入らん。料理は“急いだら負け”や」
アリスは目を丸くした。
「……料理って……なんか人生みたいや……」
「急に深いこと言うな」
「うち、成長しゆうき!」
壮真は紙の落とし蓋を作り、鍋にそっと乗せた。
「落とし蓋は“味を均等に入れる”ための道具や」
アリスは感動した。
「……なんか……料理って……科学やね……」
「科学や。でも、心もいる」
アリスは胸に手を当てた。
「……うち、ちゃんと作りたい。誰かが食べて“おいしい”って言ってくれる料理……」
壮真は少しだけ目をそらした。
「……なら、ちゃんと待て。煮物は“待つ料理”や」
アリスは鍋を見つめた。
「……待つ……うち、頑張るき……!」




