表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
初級魔法しか取り柄がない!!  作者: なるっち
6章 王立ヴィクリィール学園編 ― 御前試合

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

98/100

第98話 終点

「来ましたわ、会長!」


「あの方が……!」


観客席の一角。

アレン・ハルトシュタイン応援一団。

クラリスは、隣の少女と手をぐっと握りあう。


「ええ、見えていますわ。

 やっぱり最後は——アレンさんになりますのね」


「で、でも!」


ざわ、と波が立つ。


「み、皆さま……お静かに」


クラリスが低く告げる。


「声ではなく——想いですわ」


合図が一つ。

小さな布袋が、同時に開かれる。

中から覗く、砕けた陶片。


「さあ——」


「心で、応援いたしますわ」


それぞれが、ぎゅっと握りしめる。

声は出ない。顔だけが、強張る。

周囲の観客が、ひそひそと囁く。


「おい、なんだあれ」


「こわい……」


 ◇


——もう、仲間は誰も残っていない。


でも。


目の前には、必死の形相の兵士が近づく。

後方に、男が一人だけ。


今なら——


ふいに、アレンは背を向ける。

自陣の旗へと走る。


「え?」


どこからか、間の抜けた声。

それでも、手を伸ばす。


——重い。


指が、閉じない。

それでも、掴む。


——ここから、獲りに行く。


重さが、腕に乗った。

横へ体を切る。ばさりと布が揺れる。

観客席が、次第にざわつく。


「自分で、旗を、持った……?」


「ありなのか……」


審判たちが視線を交わす。


「……禁止、ではない!」


顔を、前に向ける。

ぬかるみを踏む。

足が沈み、土が跳ねる。


「サイドからだ!」


副団長の声が上ずる。


「止めろ!」


だが、軍の影が次々と滑る。

掴みかけた腕は、空を切る。

追いすがる足が、乱れる。


「……踏めてる?」


誰かが漏らした声。


泥が跳ねる中——

アレンの足だけが、沈まない場所を選んでいる。


「団長……!」


後方へ飛ぶ声。


ちぇ、だらしねえ。


ガライアスは横を抜けていく、小さな背中を見た。


「結局、自分で取りに行くとはな」


だが、口元はわずかに緩む。


いいぜ、つきあってやる。


——次の瞬間、そこにはもう、いなかった。




やめろ、やめろ、やめろ……。


オルフェンは、指先で肘掛けを握りしめていた。


「おおっ、また抜けた!」


「ぬかるみを飛び越えたぞ!」


観客席が沸く度に、逆向きの声が出る。


「その、醜いものを、これ以上見せるな」


荒々しい点火。

叩きつけるように打ち込まれる点。


——ズレてる。


輝きが、少しずつ擦れていく。

いびつにゆがんでいく。


「これは魔法ではない」


呟きが漏れる。

隣で見ていたローガンが、ちらりと横顔を伺う。


「どうしました、オルフェン先生」


隣の声にも、目を向けない。

胸のあたりを押さえ、呼吸を押し殺す。


——美しさが、壊れていく。


「……それを、ただ見ていろと言うのか」


ローガンは何も言えず、ただその横顔を見ていた。


 ◇


ぬかるみを蹴って走るアレン。

その足を、ガライアスは一定の距離で追う。


踏み込む。

着地で、わずかに膝が沈む。


一歩。


肩が上下する。

呼吸が浅くなる。


二歩。


わずかに、間が遅れる。


三歩。


目を細める。


——あと三度だ。


重心のズレ。息の詰まり方。

経験でわかる。

これが続けば、どこか壊れる。


ガライアスが、前へ踏み出す。

一瞬で詰め、腕を伸ばす。


ふっと、アレンの体が横へ抜けた。

ガライアスの腕がかすめ、空を切る。

観客席が、どよめいた。


「かわした! 団長をかわしたぞ!」


口の端をわずかに上げる。


「ちっ……速えな」


——素直に、捕まっとけ。


 ◇


オルフェンは、黙り込んでいた。

捕まえられそうになる度、アレンは一歩、抜け出す。


「まだ、行くぞ!」


「団長でも捕まえられないのか!」


観客席はさらに盛り上がる。


「早く……終わらせろ」


ローガンが、横目で不思議そうに見る。


——あと二回だ。


ガライアス。

お前も気づいているのだろう?



 ◇


ガライアスの目の色が変わる。


「もう、遊んでられねえ」


誰にも聞こえない声で呟く。


——しょうがない。


肩を落とし、重心を深く沈める。

タックル姿勢。


——詰める。


先ほどよりもさらに速く、アレンの真後ろへ。

肩がかすり、アレンの体勢がわずかに崩れる。

それでも、旗へ向かう。


観客席が、悲鳴とも歓声ともつかない声を上げる。


「まただ!」


「団長のタックルを、二度も——!」


ガライアスは、心の中で笑った。


おいおい、マジかよ。


「一歩が——強すぎるだろうが」


一瞬、踏み込みを見送る。


「なるほど。

 これで旗戦を勝ち上がってきた、ってわけか」


だが——


もう、追い詰めてる。


目の前の、小さな背中を見つめる。


——あいつの限界まで。


 ◇


旗は——すぐ、そこだ。


アレンの視界が揺れていた。

それでも、前へ。無理やり沈む足を通す。


呼吸が揺れる——

膝の力が抜けかける——


「——おい」


思わず声が出る。

ガライアスがすぐ踏み込む。


同じ瞬間——


「するな」


オルフェンの低い声。


観客席のあちこちで、誰かが息を飲む。


「アレンさん……!」


クラリスは陶片を握りしめ、立ち上がる。


——止まらない。


風が、突き抜ける。

手が届く距離。旗が揺れる。

ガライアスが、猛然と追う。


——来た。

——壊れた。

——獲った。

——届いた。


それが誰の声なのか。

どこから響いたのか。


ひとつに溶けて、空に消えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ