表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
初級魔法しか取り柄がない!!  作者: なるっち
6章 王立ヴィクリィール学園編 ― 御前試合

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

92/100

第92話 正しい応援

「あ……今、こっち見た?」


「きゃっ……!」


今日も、女子生徒たちは遠巻きに見ていた。

トラル棟へ向かう一人の少年の背中を。


「——少々、お静かに」


全員が、一斉に振り返る。

クラリス・レイヴァルトが微笑んでいた。

輪が少し崩れる。


「貴族令嬢として、いかがなものかしら」


穏やかな声。


「で、でも……旗戦、すごかったですし……」


「分かりますわ」


クラリスは、ゆっくりうなずく。


「けれど、このままでは風紀が乱れます。

 そして何より——

 あの方に、ご迷惑がかかりますわ」


数人の女子が、口に手を当てた。


「ですから——」


次の言葉を待つように、視線が集まる。


「正しく応援いたしましょう」


「正しく……?」


「応援?」


崩れた輪が、少しずつ寄り直す。


「ええ。少しだけ——お時間をいただけまして?」


小さな輪に熱気が広がった。


 ◇



トラル寮へ向かう道。

妙に統一感のある列ができていた。


「本日は視察ですわ」


クラリスが振り返る。


「きゃあ……!」


「歓声は禁止ですわ」


口元に、そっと人差し指を立てる。

ぴたりとざわめきが止まる。


「案内は、わたくしにお任せを」


「さすがクラリス様……」


小袋を開く。


「あの日の記念ですわ」


黒い破片が覗いた。

列がきれいな輪になる。


「えっ、本物!?」


「あの方の壁!?」


女子たちの目がその黒に吸い込まれる。

クラリスは一つずつ手のひらに乗せていく。

太陽に反射し、光が一瞬弾けた。


「これをぎゅっと握ってくださいませ」


「……少し心が落ち着きますわ」


「なんか癒やされます……」


女子の声が弾む。

そこへ、低い声が落ちた。


「——そこで、何をしている?」


一斉に振り向く。

腕を組んだ青年が立っていた。


「ル、ルーク先輩……」


クラリスの背筋が固まる。


「寮の前で列を作るとは、どういう用事だ」


「こ、これは……その……」


「視察です!」


誰かがうっかり口を滑らせる。


ルークの眉がぴくりと動く。


「クラリス嬢」


「……はい」


「迷惑だ」


列が一歩すくむ。


確かに、出入りがしづらいわ。


クラリスが、丁寧に頭を下げる.


「ここまでだ」


ルークの一言で、輪が淀む。

そろりと後ずさる音が聞こえた。



その夜。ルザア寮の一室。

クラリスの周囲に、女子たちが集まっていた。


「……やっぱりダメだったわね」


「ルーク先輩、怖かった……」


「当然ですわ」


クラリスが言い切る。


「列は迷惑ですもの。美しくありません」


机にドサッと紙束が広がる。


「え、なにこれ……」


「授業表?」


「移動経路まである……」


矢印だらけだった。


「アレンさんの一日ですわ」


女子たちが息をのむ。

クラリスの指が一本の線をなぞる。


「ここ、三十秒ですわ」


「三十秒?」


「正面から、堂々と拝見できます」


部屋の空気が止まった。


「本日より——出待ちスポット待機作戦を開始します」


「でまち……」


新しい紙が開く。


『花壇班』

『読書班』

『談笑班』


「合図で自然に接近してくださいませ」


「そんな手が……」


「一枠三名まで」


「はいっ!」


「本日は試験運用としますわ。

 わたくしと、二名ほど」


手が一斉に上がった。


 ◇



次の日。指定時間。

長い廊下の端で、本を抱えた女子が一人。

そっと手を振る。

すると、すぐに緑の制服が姿を見せた。


「……っ」


手が汗ばむ。

タイミングを見て一歩を踏み出す。


何気ないふり。

すれ違う、その瞬間。


「……」


声は出さない。

ただ、一瞬だけ視線がぶつかる。


「——」


廊下を抜けたあと、すぐ横の階段裏に駆け込む。


「ど、どうでした?」


待機していた別の女子が身を乗り出した。


「三十秒……! ちゃんと三十秒」


「正面から? 目は合った?」


「たぶん……合いました……!」


小さく悲鳴が漏れる。


そしてある日、別の階では——


「ここですわ」


クラリスの指先が止まる。

窓から差す光が、床に細く伸びていた。


「この時間。横顔が、一番きれいに見えますの」


女子たちがごくりと息をのむ。


「とっておきの……」


「聖地……」


「騒がないこと」


ぴしゃりと言う。


「あくまでも偶然を、装ってくださいませ」


今日もまた、静かな巡礼が続いていた。


 ◇



「最近さ、あの廊下、やけに女の子多くない?」


「トラルの一年が通る時間に限って、ね」


その話は、すぐにルザアにも入る。


「クラリス」


サロンの扉が開き、カイ・レイヴァルトが入ってきた。


「……ごきげんよう、兄さま」


「説明を」


短い一言で、空気が引き締まる。


「な、何のことでしょう」


「学園のあちこちで、お散歩する令嬢たちが現れる」


淡々とした声。


「ええ、そうですわ」


クラリスは、平然と言葉を口にする。


「女性同士で親睦を深めていただけですわ。

 ご一緒にお散歩しながら」


「……」


カイはしばし妹を見つめ、それから小さくため息をついた。


「貴族令嬢として——と言いたいところだが」


「?」


「いや、もういい」


肩をすくめる。


「せめて、ルザア次期当主の妹として。

 あまり、説明の難しい行動は控えてくれ」


「……肝に銘じますわ」


クラリスは丁寧に一礼した。

ただ、その指先は、どこか名残惜しそうに紙束を撫でていた。


 ◇



放課後の教室。

一人の女子生徒がそっと近づいてきた。


「あの、クラリスさん」


「はい?」


「例の……あの会、入れていただけませんか」


クラリスの目が、わずかに丸くなる。


「あら。あなたも?」


コクリとうなずく。

うかがうような視線。


「もちろん、歓迎いたしますわ」


にっこりと微笑む。


「では——まずはこちらを」


ノートが机の上に置かれる。

続けて、ドン、ドン。


「……」


一歩引く女子生徒。


「そ、それは……?」


「ただの、観測記録ですわ」


クラリスが表紙を撫でる。


「行動、嗜好、傾向——だいたい全部ですわ」


「全部……」


ごくり、と喉が鳴る。


「入会前に、一読をおすすめいたしますわ」


廊下を通りかかったノエルが足を止めた。


「……なにあれ」


顔を少しだけしかめる。


「……なんか流行ってるの?」


そのまま音を立たずに去った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ