第87話 次の一手
第一試合のざわめきが、まだ観客席に残っていた。
視線だけが次のフィールドへ移っていく。
審判席の前に、新しい札が掲げられる。
> 《第一日 第二試合 サンラ寮 vs ルザア寮》
「出番だな」
「やっと俺たちの試合だ」
ルザア寮席のあちこちで、青い色が一斉に立ち上がる。
その中央に、兄の姿があった。
◇
「——両寮、準備はいいか」
笛と同時に、サンラが踏み込む。
前列三人が肩を揃え、体重を乗せて一気に押し込んだ。
ルザアは受ける。
足を開き、腰を落とす。
ぶつかる。土が跳ねる。
「いいぞ! そのまま押せ!」
サンラ寮席から声が飛ぶ。
前列がさらに踏み込み、ルザアの列がじり、と下がった。
一歩。また一歩。押されている。
だが——崩れない。
「……あら」
クラリスの指が、止まる。
サンラの前衛と後衛の間がわずかに開きだした。
縦の間隔が、広い。
「誘ってる」
リッツの声が、低く落ちた。
次の瞬間。
ルザアの両端が外れる。
「抜けた!」
「止めろ!」
サンラの前列が反応する。
「来ましたわ!」
クラリスの視線が中央へ走る。
両端からの流れが旗前で合流する。
崩れる。割れる。
踏み込む。伸びた手が旗を揺らした。
「——ルザア寮、旗タッチ!」
決着を告げる声が響いた。
◇
「前は押してたのに……」
「押し切ってたよな」
「いつの間にか崩された」
サンラ寮席から、声がこぼれる。
「うわぁ……正面も左右も強え」
「さっきの、通じるか……?」
トラル寮の席から、声が飛ぶ。
その言葉に、ルザアの青がわずかに揺れた。
◇
「……勝ちましたわ」
思わず、声が弾む。
口元が、わずかに緩んだ。
「でも、いいの?」
隣で、リッツが首をかしげる。
「え?」
「次、トラルと当たるけど」
視線が動く。
ルザアの旗から、トラルの旗へ。
「ど、どちらを応援すれば……」
言いかけて、止まる。
リッツはもうフィールドを見ている。
「地形で削るトラル、戦術で釣るルザア。
どちらもカウンター」
その目は、試合の形を追っている。
「バルケを倒した、あの一歩」
落ちていた視線が向く。
「必ず警戒される。その時どうするか——」
「心が、二つあれば……!」
「それはそれで怖いよ」
軽く肩を竦めて、リッツが笑う。
「わ、わたくしは……!」
言葉が、続かない。
歓声が、まだ収まらない。
◇
夕暮れのトラル寮、談話室。
丸テーブルには、即席のフィールド。
土と小石で、雑に作られた戦場が広がっている。
「ルザアは強い。正攻法じゃ、まず勝てない」
ルークの声に、全員が頷いた。
「アレン。何かいい案はないか」
視線が集まる。少しの沈黙。
「……読まれてる前提で行きます」
アレンは、中央線付近に小さな土板を並べた。
「手前に、落とし穴」
「もうバレてるぞ?」
言アレンは壁の後ろにも印を置いた。
ルークの目が細まる。
「……壁を抜いたあとか」
「……えげつねぇ」
笑いが漏れる。
だが、誰も否定はしない。
◇
自陣の旗前。
アレンは、そこに太く線を引いた。
「ここには、薄い陶板を重ねた土壁を作ります」
ノエルが、小声で呟く。
「……びくともしない」
「おい、それ、完全に塞ぐ気か?」
「ルール上、問題ないはずです」
アレンは、わずかに肩をすくめる。
「完全に埋めるのはアウトでしょうけど」
「卑怯って言われるぞ、絶対」
ルークは、盤面を見下ろしたまま動かない。
やがて、ゆっくりと顔を上げた。
「……いや、これでいい」
一瞬間をおいて。
「やるぞ。徹底的に嫌がらせして、削り切る」
誰かが、楽しそうに笑った。
◇
「……本当に行くのか、ルーク」
寮監が、右腕に巻かれた固定具を、ちらと見下ろす。
「最初から前に出て、主導権を取る」
寮監は、白い包帯をしばらく見てから、視線を移す。
「お前もか」
声をかけられ、アレンは振り向く。
そのまま、自分の足首へ一瞬だけ視線を落とした。
「ちょっと大げさなだけです」
アレンは、まっすぐ寮監を見る。
「出れます」
寮監は二人をぐるりと見回し、ため息をつく。
「屁理屈ばっかり言いやがって」
一段声を大きく張り上げる。
「無茶したら——あとで私に怒鳴られると思え」
「「覚悟しておきます」」
重なる声に、視線が合う。
◇
「兄さま……無理は、なさらないで」
スカートの裾を、きゅっと握るクラリス。
「トラルのため、か?」
「え……?な、何を……」
カイの視線は、すでに前にある。
「聞け」
ルザアの空気がぴんと張った。
「あの一年は、足下を狙ってくる」
言葉が、そこで切れる。
「ラン、ディル。二人で見ろ」
「二人がか?」
「それほどだ」
カイの低い声が、輪の中心に落ちる。
「上から潰せ。足を出させるな」
「ルークはどうする?」
間をおかずに返す。
「あいつを止めるのは、俺だ」




