表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
初級魔法しか取り柄がない!!  作者: なるっち
5章 王立ヴィクリィール学園編 ― 旗戦

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

83/100

第83話 お散歩ですわ


「食堂があっち。入口は向こう。奥は寮」


リッツは歩きながら、あちこちをトラルを案内する。

あまりに大ざっぱな説明が、耳の上をすべっていく。


「おかしいな。いつもなら、この辺に——」


ぽつりとこぼれた声に、クラリスは顔を上げた。


「あ、いた」


そのひと言に、背筋が伸びる。

裾をつまんでいた手が、無意識に前髪へ触れる。

指先が、ほんの一瞬だけ止まる。


視線の先を追った、そのとき——


「——そこで何をしている?」


低い声が、空気を裂いた。


「ひゃっ——」


振り向いた先で、腕を組んだ青年が立っていた。


「ル、ルーク先輩」


喉がきゅっと狭くなる。


「……取りに来たんでしょ?」


横からリッツが、にこやかに割って入った。


「……え、ええ。ノートを、ですわ」


クラリスは腕の中のノートを抱き直す。

ルークの視線が、そこへ落ちた。


「それで、ここまで案内していた、と?」

「はい」


ルークはしばし黙り、それから静かに息を吐いた。


「旗戦前に、か」

「……少し、……興味が湧きまして」


抱えたノートの角が、指先に当たる。


「気持ちは分かる。だが——周りがどう見るかだ」


淡々とした声なのに、言葉は鋭い。


「なので、僕が付き添ってました」


リッツが軽く手を上げる。


「客人ですよ、先輩」


ルークはわずかに目を細めたが、それ以上は何も言わない。

代わりに、中庭の奥へ視線を投げる。


「アレン」


呼ばれた名に、一人の少年が顔を上げた。


「はい」


たったひと言なのに、胸の内が妙に落ち着かなくなる。

こちらへ歩いてくる姿から、目が外せない。


「クラリス嬢をサンラ寮まで送っていけ」


ルークの言葉に、クラリスの肩がわずかに揺れた。

アレンは状況を一度だけ目で確かめ、静かに頭を下げた。


「分かりました。クラリスさん、よろしければ」

「わ、わたくしは一人で——」


言いかけたところで、ルークの視線が突き刺さる。


「送ってもらえ」


反論の余地を与えない声音だった。


「じゃね。クラリスさん。

 忘れ物は、ちゃんと役に立ててよ」


リッツは一瞬だけこちらを見て、それきり人混みの方へ紛れていった。


 ◇


しばらくは、靴音だけが帰り道に続いた。

先に口を開いたのは、アレンだった。


「あの…… トラル寮、どうでした?」

「……思っていたより、落ち着いていましたわ」


さっきの笑い声が、頭をよぎる。


「少し、うるさくて。楽しそうで」

「うるさいは、たぶん合ってます」


小さく笑う声。

その何でもない響きに気を取られて、クラリスは慌てて視線をそらした。


「アレンさんは、旗戦に出られるのですの?」

「まだ分かりません」


いつもの調子で、さらりと返ってくる。

けれど、あのときの一歩が脳裏をよぎる。


「……階段のときのことですが、

 助けてくださって、ありがとうございました」

「いえ。たまたま近くにいただけです」

「……たまたまで、あんなふうに手は伸びませんわ」


落ち着かなくて、足元へ視線を落とした。


「そう言ってもらえるのは、うれしいです」


それきり、言葉は続かなかった。

ただ足音だけが、同じ速さで並んでいく。


「ここまでで結構です」


寮の門が見えたところで、クラリスが立ち止まる。


「送り届け、任務完了ですね」

「そういう言い方は——」


アレンはすぐに言い直した。


「送らせていただけて、光栄でした」

「それでは」


わずかに漏れる息。



 ◇


互いが背を向けた。

その瞬間——


「……あら」

「おやおや〜?」


ルザア寮の玄関前。


「トラルの子よね、あれ」

「なんでクラリス様と一緒に——」


アレンは周囲に一度だけ目をやるが、何も言わない。


「お帰り、クラリス」


玄関前のベンチに腰かけていた上級生が、にやりと笑う。


「ずいぶんと丁寧なエスコートですこと」

「ち、違いますわ!」


クラリスは、きゅっと眉を寄せた。


「……ただの、お散歩ですわ」

「学園の端まで?」


言葉が、出ない。


「やれやれ」


低く落ち着いた声が、玄関の方から聞こえた。

長身の青年が、ゆっくりと歩いてくる。

ルザア寮のエース。カイ・レイヴァルト。


「クラリス、説明を」


兄の声で、空気がわずかに引き締まる。


「お散歩です」


何人かが吹き出しそうになる。

兄の視線が、隣の少年に移る。


「アレン・ハルトシュタイン君、だったか」

「はい」


アレンは、少し緊張した面持ちで頭を下げた。


「クラリスさんを送り届けるように、と」

「そうか」


カイは短く頷いた。


「礼を言う」


周囲のルザア寮生が、ざわつく。


「カイ様が、トラルの一年にわざわざ礼を?」

「なにものかしら」


クラリスは、兄の口元を見ていた。

そこから出る言葉。


「君の噂は、少しだけ聞いている」

「……噂、ですか」

「入試の障害走で、記録を塗り替えた一年がいると」


周囲が一瞬静まり返る。


「騎士科にはなかった名前だったからな。少し気になっていた」


アレンは、慌てて両手を振る。


「たまたまです」

「たまたま……か」


カイは淡々と言う。


「とはいえ、ここはルザア寮の玄関だ。

 長話は妙な噂が立つ」

「もう、十分立っておりますわ」


兄は聞こえなかったふりをした。


「感謝する」

「それでは、失礼します」


夕焼けに溶けていく背中。

小さくなるまで、目が離れなかった。


 ◇


クラリスはサロンの席に座り、カップに口をつけた。

向かいには、カイが腰を下ろしている。


周りには、同寮の女子たち。

先ほど玄関前で騒いでいた顔ぶれも混じっている。


「ところでカイ様」


一人が、待ちきれないといった様子で口を開いた。


「さっきのトラルの一年、何者なんです?」


カイは、カップをそっと置く。


「俺も、入試までは存在を知らなかった」


視線が、記憶の中の光景を追うように、わずかに横に流れる。


「兄さま、もしかして障害物、見ていらしたの?」

「当然だ」


周囲の女子が「さすが」と囁く。


「俺の出した歴代タイムを、五秒縮めた」


サロンの空気が止まる。


「ありえませんわよ」

「だって、上限はもう詰められてるって教官が」


カイは、淡々と続ける。


「だが、結果は出てしまった」


そこで、ほんの少しだけ笑みを浮かべた。


「あの一歩」


クラリスの心臓が、どくんと跳ねた。


「……だいぶおかしい」


 ◇


その夜。

机の上に、ノートを開く。


・トラル寮を少しだけ見た

・並んで話す

・階段のお礼は言えた


新しいページ。

少しの間。


・あの一歩(最優先)

・得意な魔法

・休日の過ごし方

・好きな食べ物

・甘いものは好きか


上から順になぞる。少しだけ止まる。

ノートは静かに閉じられた。


 ◇


翌日の昼休み。

中庭で、クラリスはカバンの中を探っていた。


——例のノート。


視界に緑の制服が入り込んだ。

一瞬だけ、動きが止まる。深呼吸。


「少し、お時間いただけます?」


アレンが足を止めて振り向いた。

息をひとつ吸い込む。


「これは、兄さまのためですわ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ