第129話 夜店の品 【オルフェン視点】閑話
大小さまざまな何かが、所狭しと並べられていた。
オルフェンはそれらを一瞥し、眉間に皺を寄せる。
「……私は研究室を夜店にした覚えはない」
ノエルは小さく頭を下げた。
「下町向け試作品です」
「簡潔に報告しろ」
ノエルは二枚の陶板を前に出した。
「肉用の浄化液生成基盤と、水流攪拌基盤です」
オルフェンの眉が、わずかに動く。
「肉を浄化するのか」
「肉そのものに魔法をかけるものではありません。
血、ぬめり、表面の瘴気戻りを落としやすくする洗浄水を作ります。
もう一枚は、その水を桶の中で動かし、汚れを沈殿槽へ送るためのものです」
オルフェンは陶板を指先で叩いた。
「統合しなかった理由は?」
「修理と記録のためです。
浄化、水流、水替え、沈殿物の処理を分ければ、現場で確認できます」
「理論としては不格好だ」
「はい」
「だが、道具としては悪くない。人間は壊す。汚す。間違える。
それを前提にした構造なら、評価に値する」
ノエルの表情が明るくなる。
「ありがとうございます」
「褒めてはいない。次だ」
ノエルは黒い箱を示した。
「魔導コンロです。焼き札と保温札の二枚で動きます」
「魔導基盤を札にしたのか」
「はい。
《焼き札》は調理用、《保温札》は低出力維持用です。
札に起動線が組み込まれているので、札を外せば停止します。
使う人は焼くか、保温するか、札を差し替えるだけです」
オルフェンは札を一枚取った。
線は少ない。
だが、役割は読める。
「一つの札に、一つの役割。間違いにくい」
「子どもや屋台の人でも扱えるようにしました」
「魔法としての華はない」
「はい」
「だが、道具としての理屈は通っている」
ノエルがまた少し嬉しそうにする。
「ありがとうございます」
「褒めてはいない。次」
ノエルは丸い黒っぽい燃料を出した。
「欠けた魔石と陶を固めた低出力燃料です」
「名前は」
「……魔石ハンバーグです」
オルフェンの目が鋭くなった。
「却下だ」
「仮称です。たぶん」
オルフェンは燃料を持ち上げる。
「高出力には使えないな」
「はい。魔導コンロ用の低出力燃料です。
店用では調理と保温、小型版では小鍋程度を想定しています」
「小型版もあるのか」
「試作中です。屋台や小さな家で使うためのものです」
「燃料を一種類に絞るな。
魔石が尽きた瞬間に止まる道具は、下町では道具とは呼べん。
炭でも最低限使える逃げ道を作りなさい」
「炭受けと灰受けを別にします。魔石燃料側に灰が入らない仕切りも必要ですね」
「ようやく道具らしい話になった」
ノエルは小さく頷いた。
「ありがとうございます」
「褒めてはいない。問題点もある」
「はい。
保管は乾燥箱、衝撃禁止。使用後は回収箱へ。
ただし、廃棄手順はまだ未完成です」
「なら商品ではない。試作品だ」
「はい」
「だが、発想は悪くない。
不揃いな魔石を、再構成した点、低出力専用燃料として割り切った点もよい」
ノエルは、今度は何も言わずに頭だけ下げた。
「これは……魔道具ではないのですが」
オルフェンの眉が動いた。
ノエルは細い木箱を机に置いた。
中には、短い棒が数本並んでいる。
先端だけが黒く固められていた。
「火起こし具です」
オルフェンは一本をつまみ上げた。
そして、黙った。
先端の反応点は小さい。
芯に魔石粉を少量だけ通し、外側を薄い陶土で覆っている。
こすれば先端だけが削れ、ごく小さく魔力が弾ける。
長く燃やす作りではない。
火種だけを、ただ単純に作る形。
「……用途を絞ったか」
オルフェンの声が低くなる。
「制御すべき範囲を、最初から狭めている」
オルフェンは棒を光にかざした。
「粗い。未熟だ。だが、理屈は通っている。
必要な機能だけを残し、余計な持続性を捨てている」
ノエルは少しだけ息を呑んだ。
オルフェンの目は、怒っているようで、違った。
美しい魔法を見たときに近い目だった。
「合理的だ。腹立たしいほどに」
「では――」
「認めない」
即答だった。
ノエルの肩が落ちる。
「こんなものは魔道具ではない。構造が粗い。制御が甘い。
ただの危険な玩具だ」
「まだ試作段階で」
「なら持ってくるな」
ノエルの肩が、今度こそしゅんと落ちた。
「名は」
「グレンマッチ、です」
次の瞬間、オルフェンの眉間の皺が深くなった。
「論外だ」
「でも、グレンくんが」
「論外だと言っている。
構造より先に名前を焼却したい」
ノエルはしゅんとした顔で木箱を閉じた。
「分かりました。持ち帰って、出直します」
「そうしなさい」
ノエルは陶板や札、燃料を慌ただしく鞄へしまい、頭を下げて研究室を出た。
扉が閉まる。
研究室に静けさが戻る。
オルフェンはしばらく扉を見ていた。
それから、机の隅に残された細い木箱へ視線を落とす。
「……忘れていったのか」
木箱を開ける。
短い棒を一本取り、拡大鏡の下へ置いた。
粗い。
粒度が揃っていない。
陶土の厚みも均一ではない。
論外だ。
だが、先端だけを反応させる考え方は悪くない。
火を起こしたあとは、役目を終える。
使い道が狭いからこそ、事故の範囲も狭められる。
そのとき、扉が少しだけ開いた。
「先生、すみません。忘れ物を――」
オルフェンは、拡大鏡の下のグレンマッチを見たまま固まった。
数秒。
ノエルが遠慮がちに言う。
「……危険な火種、ですよね」
オルフェンは咳払いした。
「そうだ。危険性を細部まで、念入りに確認していた」
ノエルは少し笑いそうだった。
オルフェンは木箱を閉じ、手元に引き寄せた。
「これは没収する。
このような危険物を、君たちだけに預けておくわけにはいかない」
「……はい」
「燃焼試験、湿気試験、残渣試験、保管箱の規格、使用者年齢の制限。
すべて私の研究室で確認する」
ノエルは深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
「褒めてはいない。没収だ」
「はい」
ノエルが今度こそ研究室を出る。
「実に不愉快だ」
そうつぶやきながら、オルフェンは木箱を鍵付きの引き出しにしまった。




