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初級魔法しか取り柄がない!!  作者: なるっち
8章 王立ヴィクリィール学園 ― 下町の火

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第130話 グレン三種の神器【若手冒険者ユアン視点】閑話

「お前、グレンダレは持ったか」


初めての森仕事を前に、荷物を詰めていた若手冒険者ユアンは、

先輩冒険者ラドにそう聞かれて首をかしげた。


「タレ、ですか?」


「馬鹿。命綱だ」


ラドは真顔で指を三本立てた。


「グレン三種の神器。

 グレンダレ、グレンマッチ、グレンコンロ。

 下級冒険者の神商品だ」


「……商会の回し者ですか?」


「違う。使ったやつはだいたいこうなる」


ラドは、荷物袋の中から小瓶を一本取り出した。


茶色い液体が入っている。

瓶口には封蝋。

そこに、少し曲がった印が押されていた。


`グレン商会`


「グレンダレは、硬い魔物肉をどうにか飯にする」


次に、小さな箱。


「グレンマッチは、湿った森でも、ちゃんとしまっておけば火種を作れる」


最後に、小鍋ひとつが載るくらいの黒い箱。


「グレンコンロは、炭が少なくても鍋を温められる」


「便利そうではありますけど」


「便利じゃねえ。必須だ」


ラドはユアンの額を指で突いた。


「新人は火で死ぬ」


「火で?」


「火がつかねえ。火が消える。火を大きくしすぎる。

 飯がまずい。腹を壊す。士気が落ちる――

 つまり死ぬ」


「途中から雑じゃないですか」


「冒険者なんてだいたい雑に死ぬんだよ。買ってこい」


「どこで」


「スラムのグレン商会」


ユアンは聞き返した。


「商会が、スラムに?」


「ある。迷うなよ」


「迷う前提ですか」


「初見はだいたい迷う」


迷った。


ユアンは三回路地を間違え、二回同じ井戸に戻り、最後は獣人の子どもに道を聞いた。


「グレン商会? あっち」


指さされた先は、商会というより、洗濯物と煙と子どもの声が混ざる路地だった。


本当にこんなところに商会があるのか。

そう思いながら角を曲がった瞬間、ユアンは立ち止まった。


行列だった。


冒険者。

屋台のおばちゃん。

炭焼きらしい男。

赤ん坊を抱えた母親。

小さな木箱を背負った行商人。


その先に、小さな看板がある。


《グレン商会》


その下に、さらに札。

・英雄なし

・奇跡なし

・本物だけ


「グレンアイテム?」


声をかけてきたのは、さっきの獣耳の少年だった。


「えっと、グレンダレと、グレンマッチと、グレンコンロを」


「三種ね。じゃあこの列」


「どれくらい待つ?」


少年は列を見て、明るく言った。


「今なら三十人待ちで買えるよ」


「三十人で、今ならなのか?」


「昨日は五十人だった」


奥から怒鳴り声が飛ぶ。


「グレンマッチは一人二箱までだ!

 転売したやつには次から売らねえ!

 印のねえ偽物つかまされても、うちに泣きつくなよ!」


客たちが笑う。

ユアンは列に並びながら、前の客が持っている小箱を見た。

箱の横には焼き印が押されている。


《グレン商会》


その下に、小さな丸印。

少し曲がっている。

けれど、妙に目立つ。


「偽物対策ですか」


ユアンが聞くと、獣耳の少年は胸を張った。


「そう。本物にはグレン印。印がないのは偽物。

 あと、英雄とか奇跡って書いてあるのも、うちじゃない」


列が少し進む。


店というには小さい。

露店というには、妙に整っている。


木箱の棚。在庫札。予約札。受け取り札。

それから、奥の柱には額に入った紙が二枚、少し誇らしげに掛けられていた。


『王都小商会登録証』

『火具・調味料販売仮許可』


ユアンは思わず二度見した。


「……本当に商会なんだ」


「失礼だな」


獣耳の少年が言う。


「ちゃんと紙あるよ」


「紙は大事なんですね」


「すごく大事。紙がないと怒られる」


実感のこもった声だった。

列の奥では、グレンという男が木箱を抱えて怒鳴っていた。


「次! グレンダレ二本、マッチ一箱!

 コンロは予約だ! 今日持って帰れるのは検査済みだけだ!」


「グレンコンロ、一つ!」


「予約札出せ!」


「なくした!」


「じゃあ最後尾だ!」


「ひでえ!」


「なくす方が悪い!」


また笑いが起きる。


商会というには騒がしい。

けれど、そこには確かに商売があった。


順番が近づくにつれて、ユアンの鼻に匂いが届く。


タレの匂い。

少し焦げた木箱の匂い。

火具に使う焼き土の匂い。


前の客がグレンマッチを受け取っていた。


小さな箱。

中には短い棒状の火起こし具。

箱の蓋には、やはり焼き印。


《グレン商会》


「使い方は?」


グレンが聞く。


「こすって火種。長く燃やさない。燃えたら移す。湿らせない。子どもだけで使わせない」


客が暗唱する。


「よし。次」


ユアンは目を丸くした。


「説明を覚えないと買えないんですか」


獣耳の少年が当然みたいにうなずく。


「危ないから。グレン兄ちゃん、口は悪いけど、そういうとこ細かいよ」


「よく分かりました」


やがて、ユアンの番が来た。

グレンがこちらを見る。


「新人か。三種でいいな」


「はい」


「金は」


「あります」


「使い方は」


ユアンは固まった。


後ろで、獣耳の少年が小声で囁く。


「タレは肉にかけすぎない。マッチは火種だけ。コンロは焼き札と保温札を間違えない。」


ユアンは慌てて繰り返した。


「グレンダレは、肉にかけすぎない。

 グレンマッチは、火種だけ。

 グレンコンロは、札を差し替える」


グレンは少しだけ目を細める。


「テオ。甘やかすな」


「初回だから」


グレンは舌打ちしたが、棚から小瓶と小箱を取り出した。


「コンロは予約だ。今日は持って帰れねえ」


「えっ」


「検査済みしか出さねえ。

 明日の夕方以降。予約札なくすなよ」


木札を渡される。

そこにも、小さなグレン印。

ユアンはそれを握りしめた。


「本当に、偽物対策が徹底してるんですね」


「一回、名前で痛い目見たからな」


グレンは短く言った。


「英雄だの奇跡だのは売らねえ。

 うちはグレンの名で売る。

 だから、悪いもん出したらオレが悪い」


その言い方は乱暴だった。

けれど、逃げる気のない声だった。

ユアンは、買った小瓶と小箱を荷物袋にしまう。


列の後ろでは、まだ人が増えている。


火が欲しい者。 肉をうまくしたい者。

小さな便利を持ち帰りたい者。


みんなが、この狭い路地の商会に並んでいた。

ユアンは、ラドの言葉を思い出す。


『グレン三種の神器』


大げさだと思っていた。

けれど、行列の顔を見ていると、少しだけ考えが変わる。


火がつく。

肉が食える。

腹が満ちる。


それは、森に入る者にも、下町で暮らす者にも、たしかに命綱なのかもしれなかった。


「次!」


グレンの声が飛ぶ。


「英雄も奇跡もねえぞ。

 腹と火に困ったやつだけ並べ!」


客たちが笑いながら、また一歩前へ進んだ。


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