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初級魔法しか取り柄がない!!  作者: なるっち
8章 王立ヴィクリィール学園 ― 下町の火

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第127話 子どもの家食堂

「《子どもの家食堂》、知ってるか」


ギルドの掲示板を見ていたときだ。

隣の戦士が、わざとらしく声をひそめて言った。


「何だそれ」


「前に、下町の孤児院前で肉を焼いてたところだ。 監査で止まってたろ」


ラドの指が、木札の上で止まる。


「あそこか」


斥候が、肩越しにひょいっと顔を出した。


「それが、名前を変えて戻ってきたらしい。

 しかも、すげえ流行ってるって話だ」


「大げさだな」


ラドは鼻で笑った。


「今のご時世、変な名前の店や怪しいタレはすぐ見つかる。

 そう簡単に流行るかよ」


「いやいや。昼はハンバーグ。夜は串焼き。

 前みたいに客が勝手に焼くんじゃなくて、目の前で焼いて出す形らしい」


「焼き肉屋じゃなくなったのか」


「さあな。気になるなら、見に行けばいいだろ」


戦士がにやにや笑う。


「行かねえよ」


「前のとき、お前通い詰めてたじゃないか」


「……前は、まあ、うまかった」


ラドは舌打ちして、木札を戻した。


「一度確認する」


「はいはい、“確認”な」


ひやかし声を背中で振り切りながら、ラドはギルドを出た。



 ◇



下町の路地は、前と同じで、前と違った。


パンを焼く匂い。

煮込みの匂い。

その奥に、懐かしい肉の匂い。


路地を抜けた先の空き地で、ラドは足を止めた。


カウンターの土台。子どもたちの声。

そして、新しく立てられた木の看板。


《子どもの家食堂》


その下に、小さく字が並んでいる。


・子ども優先、空きがあれば大人も可

・手洗い、札、順番を守ること

・“英雄タレ”“奇跡のタレ”の類は扱いません

・腹を膨らませること、第一


「……なんだこれ」


思わず呟いた。


「いらっしゃいませー!」


声が飛ぶ。


獣耳の少年、テオが尻尾を揺らして近づいてきた。


「おじちゃん、ひとり?」


「ああ」


「じゃあ、おとなカウンターね。昼はハンバーグだけど、いい?」


「それを確認しに来た」


「じゃあ当たり」


テオは得意げに笑った。


横から三角巾の女の子が立ちはだかる。


「手、洗って」


「手?」


案内された先には、小さな手洗い場があった。


木桶。

白っぽい陶器の鉢。

その横に、札。


《浄化液》

・手を入れて、十数えること

・見張り役:ルカ・ニナ


「……見張り役?」


「ちゃんと十まで」


「途中で出したら、やり直し」


二人の子どもが、真剣な顔で見ている。


ラドは苦笑しながら、両手を浄化液に浸した。


ひやり、とする。

草と石の混ざったような匂いがした。


「いーち」


「にーい」


「自分で数える」


「ダメ。ごまかす」


「ごまかさねえよ」


「さーん」


結局、十まで数えられた。


「はい、いいよ」


「ちゃんとできた」


「手を洗わされる店なんざ、初めてだ」


ラドがぼやくと、背後から笑い声がした。


「今どきの王都ってやつだな」


振り返ると、グランツが立っていた。


「じいさん、まだ生きてたか」


「生きてるよ。次から次へと心配事で死にきれねえ」


「どうみても楽しみって顔だろ」


「ガッハッハ。そうだな。まあ、座れ」


ラドは少し笑って、カウンターの端に腰を下ろした。



 ◇



カウンターの奥では、子どもたちが大きな鉢を囲んでいた。


刻んだ肉。

玉ねぎ。

卵。

砕いたパン。


小さな手で、キャキャ言いながらこねている。


「こねる!」


「まだ肉だけ残ってる!」


「パン粉、こっち!」


「手、べとべと!」


「逃げるな、肉!」


「肉は逃げないよ!」


ミレーネの声が飛ぶ。


「遊ぶな! こねるならちゃんとこねな!」


「はーい!」


「手についたのなめた子、もう一回洗い直し!」


「なめてない!」


「今、目をそらしたね」


「……洗ってくる」


客席に笑いが起きる。


ラドもつられて笑った。


「ずいぶん賑やかだな」


「昼はあれでいい」


グランツが言う。


「子ども食堂だからな。

 腹に入るもんを、自分たちで作ってるって分からせる

 客もそれを楽しんでる」


そこへテオが、胸を張って割り込んできた。


「今日のおすすめはハンバーグだ!」


別の子が続く。


「昨日もハンバーグ!」


さらに奥から声が飛ぶ。


「明日もハンバーグ!」


「なんで……毎日ハンバーグなんだ」


ラドが聞くと、子どもたちは顔を見合わせた。


「だってね」


「おいしいから!」


声がそろった。

横の客が笑う。


「それしかねえけどな」


目の前には、黒い箱のようなコンロがあった。

上には陶板。脇には、札を差す細い溝。


「これが噂の魔導コンロだ」


グランツが箱を軽く叩く。


「炭をほとんど使わねえ。中には、クズ魔石を土で固めた燃料が入ってる」


「魔法の火か」


「魔法を、札で縛った火だな。

 強くはねえが、同じように焼ける」


グランツは札を差す。


カチリ。


陶板の下から、じわりと熱が立ち上る。

だんだんと陶板が赤みを帯びてくる。

強すぎない、ちゃんと焼けそうな熱だった。


グランツは、丸く成形された肉を陶板に乗せる。


じゅ。


肉の匂いが広がった。


ハンバーグがひっくり返される。


狐色の焼き目。

じわりとにじむ脂。


最後に、目の前でとろりとした茶色いタレがかけられた。


じゅっ。


熱せられた陶板でタレが一気に香る。


「うまそうなタレだな」


「ハンバーグ用だ。甘めで、とろみがある」


「前の焼き肉ダレじゃないんだな」


テオが陶板ごと載った木のボードを置いた。


「おとなハンバーグ、一つ!」


別の子どもがポツリといった。


「子どもは半分。おとなは一個」


ラドは木のフォークで、真ん中から割った。


外はしっかり。

中はふわりと崩れる。


肉汁が、ゆっくりにじんだ。


一口、口に運ぶ。


「——」


歯が沈む。


焼き目の香ばしさ。

細かく刻まれた肉の噛みごたえ。

玉ねぎの甘さ。

甘いタレの塩気と酸味。


硬いのに、すぐほぐれる。

ほぐれるのに、噛んでいたい。


「……なんだ、これ」


思わず出た声は、前にここで肉を食った時と同じだった。


グランツが笑う。


「うまいだろ」


「うまい」


「それ、前なら捨てる肉だ」


「またそれかよ」


ラドは笑ったが、もう一口食べた。


「端肉。筋。脂。骨のまわり。

 浄化液で洗って、刻んで、こねた」


「いろいろ入ってる。

 でも、ちゃんと一つになってる。

 配合は秘密だ」


グランツがにやっと笑う。

ラドは最後の一切れを噛みしめた。

腹に落ちる味だった。


「夜も来るか?」


グランツが聞く。


ラドは空になった皿を見てから、少し笑った。


「仕事、さっさと終わらせてくる」



 ◇



日が落ちるころ、ラドは本当に戻ってきた。


入口の札は変わっている。


《夜の部 火串》


昼より、匂いが強い。

だが、昼より空気は少し落ち着いていた。


カウンターの向こうでは、陶板ではなく金属の網が置かれている。

その上に、串。


奥の台では、子どもたちが布袋を両手で押していた。

昼の肉とは違う。

袋の中には、クズ魔石と土を混ぜた黒っぽい塊。

子どもたちは袋を開けずに、外から形を整えている。

昼のきゃあきゃあした声とは違って、夜は少し真面目だった。


「押しすぎるな」


グレンの声が飛ぶ。


「袋の口、緩めるなよ」


「はーい」


「丸くしすぎるな。コンロに入らねえ」


「ちょっと平たく?」


「そうだ。肉のハンバーグと同じだ。真ん中、少し押せ」


ミレーネも横から目を光らせている。


「袋を開けた子は、その場で仕事終わりだからね」


「開けない!」


「食べない!」


「石のハンバーグ!」


ラドは思わず目を細めた。


「昼もこねて、夜もこねてんのか」


テオが近くで聞きつけて、首を振った。


「昼はハンバーグ。夜は魔石ハンバーグ」


「違うのか」


「ぜんぜん違う。昼のは食べる。夜のは食べない。火のごはん」


「燃料も子どもたちが作ってるのか」


「袋の上からね。最後はグレン兄ちゃんとノエル兄ちゃんが見る」


「ノエル兄ちゃんってのは、あの学園の?」


「うん。すぐ怒る」


「それは正しい」


テオは、少しだけ誇らしげだった。


「食べるものも、火にするものも、自分たちで作るんだって」


「誰の言葉だ」


「ミレーネ」


「だろうな」


ラドはカウンターに座った。


「また来た!」


テオが笑う。


「念入りな確認だ」


「じゃあ、串盛りね」


「勝手に決めるな」


「おすすめだから」


「なら仕方ねえな」


グランツが札を差す。


カチリ。


網の下で、赤い熱が静かに広がった。


串には、ハツ、レバー、皮、他にも内臓の肉が刺さっている。

小さく切られ、下処理され、タレが薄く塗られている。


じゅっ。


脂が落ちる。

香ばしい匂いが立つ。


昼のタレとは違う。


塩気。

香草。

少し辛い。

焦げると、腹に直撃する匂いになる。


「酒はまだ許可取ってねえぞ!」


奥からグレンが見透かしたような声が飛ぶ。


「ちぇっ」


「紙が通ったらな!」


客たちが笑った。


ラドも串を一本取る。


皮串。


表面はぱりっとしている。

中はしっかり歯ごたえがある。

噛むと味が出る。


次にレバー串。


少し弾む。

嫌な臭みはない。タレに合う。

少し苦くてうまい。


「昼と夜で、別の店みてえだな」


ラドが言うと、グランツは肩をすくめた。


「同じ店だ。

 同じ端っこの肉だ。

 ただ、見せ方と火の入れ方が違う」


「魔導コンロも同じか」


「同じだ。昼は陶板でハンバーグ。夜は網で串。

 中で燃えてるのは、魔石ハンバーグ」


「ずっと誰かがこねてるわけだ」


「そういう店になったな」


グランツが少し笑う。


「気づいたら、あのガキども、店を回してやがる」


「中心にいるのはグレンだ」


グランツが言う。


「紙を書いて、ギルドに頭を下げて、学園に面倒な石を頼んで、ミレーネに怒鳴られてな」


「あの、グレンが?」


「そう、あのグレンだ」


でも、妙に心地よかった。


炭は少ない。

大きな火もない。

英雄の看板もない。


あるのは、札と石と、こねる子どもたちと、火の番をする大人たちだった。

ラドは最後の串を食べ終え、銅貨を置いた。


「土産用に少し焼いてくれ」


「だめだ」


奥からグレンが即答した。


「なんでだよ。金は払う」


「今日はここで食う分だけだ。持ち帰りの許可がまだねえ」


「また紙か」


「また紙だ」


グレンは肩をすくめる。


「それに……どうせ明日も来るだろ」


ラドは黙った。図星だった。

グレンがにやっと笑う。


「宣伝するなら、英雄とか奇跡とか言うなよ。面倒くせえから」


ラドは少し考えた。


「そうだな。英雄坊やもいないみたいだしな」


ラドは続ける。


「グレンって人相の悪いガキと孤児院の子らがやってる。

 でも、ちゃんとうまい。そう言っとく」


グレンは一瞬黙って、それから鼻で笑った。


「その言葉忘れんなよ。この店はな、まっとうにやろうとしてる連中の店だ」


ラドは立ち上がり、路地へ出る前にもう一度店を振り返った。


火は戻っていた。

肉の匂いも。子どもたちの声も。腹が満ちる感じも。

ちゃんと戻っていた。


「……こりゃ、また通いつめるな」


背後では、昼の肉をこねる声とは少し違う、

夜の火を丸める声が、いつまでも響いていた。


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