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初級魔法しか取り柄がない!!  作者: なるっち
8章 王立ヴィクリィール学園 ― 下町の火

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第126話 二枚の火札

「グレンくんが、また変なこと言い出した」


ノエルは医務室に入ってくるなり、そう言った。

アレンはベッドの上で、膝に毛布をかけたまま顔を上げる。


「変なこと?」


「肉を洗う石を作れ、って」


ノエルは椅子に座り、鞄から図面を何枚か取り出した。


「規定外の魔物肉を、浄化液で処理できないかって話」


ノエルは少しだけ苦笑した。


「で、もっと変なのは……それを別々に作れ、って」


ノエルは図面を二枚、ベッド横の机に並べる。

一枚には、浄化陣。

もう一枚には、水流を起こす陣。


「無理に一枚にまとめない。処理桶に別々に入れて、人間の手で順番に使う」


「手動で?」


「うん。処理一回ごとに起こして、止める。水を替える。沈殿した汚れを捨てる」


ノエルは悔しそうに、でもどこか納得したように言った。


「雑なんだけど、正しいんだよ。全部一枚で綺麗にやろうとして止まってた僕らより、ずっと現場に近かった」


「別々に、手動か」


アレンは図面を見た。

一枚にまとめれば綺麗に見える。

でも、壊れたときにどこが悪いか分からなくなる。


分ければ、見える。

外せる。

直せる。


アレンは、指先で机を軽く叩いた。


「それ、焼き場にも使えるかもしれない」


「どうやって?」


ノエルが瞬きをした。


「火も、札に分ける」



アレンは、図面の端に小さな四角を描いた。


「本体には、スコーチの陣を置く。火を出す元はそこ。

 でも、そのままだと強さが決めにくい。

 広がるし、一点だけ熱くなるし、魔石の減り方も読みにくい」


ノエルの目が、少しずつ真剣になる。


「だから、火の出し方を札で決めるってこと?」


「うん」


アレンは小さな札を二枚描いた。


《保温札》


《焼き札》


「最初は二枚」


アレンは一枚目を指した。


「《保温札》は、弱い火。細い線で、少しずつ流す。

くねくねさせて、勢いを落とす。タレを温めたり、焼いたものを冷まさないための火」


次に、二枚目。


「《焼き札》は、肉を焼く火。保温札より太くて短い線。

一定方向に、一定の量だけスコーチを出す」


「札を替えたら、火力が替わる」


「うん。札を抜けば、火は止まる。鉄板の熱は残るけどね」


ノエルが紙に書き込む。


「なるほど……火力調整を、手で切り替えるんだ」


「うん。魔導基盤を小さく札にする。壊れたら札だけ替えられる。油で汚れたら札だけ外せる」


「誰が見ても分かる」


「うん」


アレンは頷いた。


「魔道具を一つの完成品にしない。手順込みで道具にする」


ノエルの筆が走る。


「本体は単純なスコーチ陣。調整は札。火力は二段階。保温と焼き」


「グレンたちが使うなら、その方がいい。役人にも説明しやすい」


ノエルは、図面をじっと見た。


「分ける、か。

 本当に、グレンくんの雑な言葉が変なところに刺さってる」


ノエルは小さく笑った。

もう一枚の紙を引き寄せて、指が止まった。


「でも、燃料は?

 魔導コンロの魔道具なら、魔石がいる。

 保温札ならまだしも、焼き札がメインでしょ。毎日スラムで使うには高すぎるよ」


「……そこだよね」


火の形も見えた。

でも、燃やすものがなかった。

ノエルも図面を見て、ため息をついた。


「そういえば、もう一つ変なもの。

 グレンくんがクズ肉をまとめて焼いてた。ハンバーグっていうんだって」


そのとき、医務室の扉が開いた。

学園医師が顔を出す。


「考えすぎている顔だな」


ノエルが図面を押さえる。

アレンは視線をそらした。


「……ちょっとだけです」


医師はベッド脇に来て、アレンの脈を取った。

少しだけ眉が寄る。


「君の場合、そのちょっとが問題だ。

 魔力がまた、足へ行こうとしている」


医師は棚から小箱を持ってきた。

中には、欠けた魔石や、色の濁った小さな石がいくつも入っている。

ノエルが覗き込んだ。


「欠け魔石?」


「そうだ」


医師は一つをつまみ上げた。


「最初は質のいい空魔石を使っていた。だが、この少年は細く散る魔力が多い」


「だから、欠け魔石を?」


「リュシュア殿の案だ。まめに、細かく逃がしたほうがいい、と」


アレンは少し気まずくなった。


リハビリ中、足へ行こうとする魔力を逃がすために使っている石だった。

良い魔石ではない。

欠けていたり、濁っていたり、正規品としては使いにくいものばかり。


医師はその一つをアレンの手に握らせる。


「ゆっくり。足ではなく、手へ。そこから石へ」


アレンは息を吐いた。

胸の奥で動きかけた魔力を、手のひらへ落とす。

石が、ほんの少しだけ温かくなった。


ノエルは黙って見ていた。

医師が頷く。


「よし、いいだろう」


医師は石を小箱へ戻した。

欠けた石が、かすかに鈍く光っている。

見れば、ごろごろ他にもあった。


ノエルがぽつりと言った。


「しょっちゅう、抜いてるんだ」


「うん」


「欠け魔石とはいえ、もったいないね」


アレンも小箱を見た。


使い道のない石。

捨てるほどではない。

でも、まともな魔石としては使えない。


ふと、グレンの料理の話を思い出した。


「ノエル、グレンのハンバーグの話、それって何が入ってるの?」


「くず肉を刻んで、卵とパン粉でまとめたって」


「小さいものを混ぜて、形にする」


ノエルの顔が、嫌な予感をした顔になった。


「……アレンくん?」


アレンは小箱の欠け魔石を見た。


「この石もまとめられないかな」


「まとめる?」


「魔力が一気に抜けないように、土で抱き込む。薄く焼き固める。

 高い魔石の代わりにはならないけど、保温札や焼き札の燃料には使えるかもしれない」


ノエルは黙った。


頭の中で、もう形を考えている顔だった。


「割れるかもしれない。

 火力もばらつくし、保存も考えないと」


「うん」


「でも……普通に捨てるより、試す価値がある」


医師が額を押さえた。


「今、私の前で危険物の相談を始めたな」


「すみません」


アレンが謝ると、ノエルも慌てて頭を下げた。


「研究室で扱います。医務室では触りません」


「当然だ。

 それに、これは治療用だ。持ち出すなら、私と研究室の許可を通せ」


医師は小箱を抱えた。


グレンのハンバーグ。

捨てられない肉。

形を変えたもの。


「魔石ハンバーグ」


アレンがぽつりと言った。


ノエルが即座に顔をしかめる。


「名前は変えよう?」


医師も低い声で言った。


「絶対に変えろ」


「でも、これで見えてきたね。

 肉も火も。そして魔道具の形も」


ノエルは続ける。


「グレンくんが別々にしろって言った。レーン先生が手順にした。僕が図面にする。アレンくんが線を引く。孤児院の子が魔石をこねる。グランツさんが肉を見る。ミレーネさんと子ども達が店を守る。」


「うん」


「だから、これはアレンくん一人の発明じゃない。

 そうしないと、また全部アレンくんが背負い込むことになるから」


アレンは、机の上の札を見た。


保温札。

焼き札。

魔石の欠片。


どれも、小さい。

1つでは、何もできない。

主役でもない。


けれど、主役じゃなくても仕事はある。

みんなが少しずつ役目を持てば、また、店に火が戻るかもしれない。


「うん。これはみんなで道具にする」


ノエルは満足そうに頷いた。

医師は診察板を閉じる。


「今日はここまでだ」


ノエルも図面を鞄にしまった。


「じゃあ、試作品できたら持っていくね。

 グレンくんにも急かされるんだ」


ノエルはそう言って、少し笑った。

扉が閉まる。

医務室に、静けさが戻った。


アレンはベッドの上で、扉の先を見る。


まだ行けない。

でも、線なら引ける。


火を保つ線。

火を焼ける強さに留める線。


その日、アレンは四歩目を踏まなかった。

代わりに、焼き場まで届く札を描いた。




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