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初級魔法しか取り柄がない!!  作者: なるっち
8章 王立ヴィクリィール学園 ― 下町の火

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第125話 捨てられねえ肉

その木箱は、変な音を立てた。


ドサッ。


肉を入れた箱の音なのに、いつもの音と違う。


きれいな肉の塊が入っている箱は、もっと重くて、どん、と落ちる。

今日の箱は、なんだか中身がばらばらに崩れたみたいな音だった。


「はい、そこ置いといてくれ」


グレン兄ちゃんの声と一緒に、木箱が調理場の土間へ下ろされた。

テオは思わず箱を覗き込む。


「……なんだ、これ」


中には肉が入っていた。

でも、いつも見る塊じゃない。


形の悪い端っこ。

筋だらけのところ。

脂の多いところ。

骨の近くから削いだらしい、薄い赤身。

白っぽいもの。赤黒いもの。


正直、うまそうには見えなかった。


「これ……捨てるやつじゃないの?」


口から勝手に出た。

グレン兄ちゃんが、にやっと笑う。


「捨てられるはずだった肉だ」


グレン兄ちゃんは、懐から一枚の紙を出して、ひらひら振った。


『規定外魔物肉』

『試験処理用』

『浄化液処理済』

『飲食提供不可・試作確認のみ』


固い字が並んでいる。

テオは、最後のところを見て眉をひそめた。


「食べちゃだめなのに、なんで料理するの」


「今は、客には出せねえ」


グレン兄ちゃんは紙をしまって、木箱の中を見下ろした。


「でも、許可が出たら何にするか、今のうちに決めとく。

 ただ焼いただけじゃ売りもんにならねえ肉でも、料理にすりゃ化けるかもしれねえ」


でも、やっぱり木箱の中の肉は、うまそうな肉じゃなかった。


「よし、これでごちそう作るぞ」


「……うそだ」


グレン兄ちゃんは別の箱から、玉ねぎと卵と、乾きかけたパンを取り出した。


「新メニューの試作だ」


グレン兄ちゃんは笑った。


「それでうまけりゃ、ちゃんと紙を通して、客にも出せる」



 ◇



グレン兄ちゃんは、まな板の上にくず肉を置いた。


「テオ、お前は今日は見てるだけだ。

 手順が決まるまでは、オレとグランツでやる」


「オレもできる」


グレン兄ちゃんは包丁を握った。


「わかってる。だが、まずどう形にすりゃ食えるかを見る」


包丁が肉に入る。

筋が多い肉は、塊のままだと刃を弾くみたいに固そうだった。

でも、グレン兄ちゃんは繊維を断つように細かく切っていく。


トン、トン、トン。


「でかいままだと、焼いても噛み切れねえ」


グレン兄ちゃんは、手を止めずに言った。


「だったら、小さくする。

 固い筋は、切って散らす。

 脂の多いところは、混ぜる。

 味が強いところは、他のもんと合わせる」


「それでうまくなる?」


「たぶんな。形を変えりゃ化ける」


端肉が、だんだん細かい粒になっていく。

玉ねぎが刻まれる。

卵が割られる。

乾きかけたパンが砕かれる。


「肉だけじゃだめなの?」


「だめじゃねえ。

 でも、肉だけだと崩れる。汁も逃げる。固いところは固いままだ」


グレン兄ちゃんは、手を鉢に入れて混ぜ始めた。

ぐちゃ、ぐちゃ、と重い音がする。

手の中で、別々だったものが少しずつ一つの塊になっていく。


「こいつらは肉じゃねえ。

 でも、主役じゃねえもんにも、ちゃんと仕事がある」


テオは、じっと見ていた。


最初はただ気持ち悪いだけだったものが、

混ぜられて、押されて、まとめられて、だんだん「何か」になっていく。


グレン兄ちゃんは、手のひらに肉を取って、ぽん、ぽん、と叩いた。

丸くして、少し平たくする。


「これが、なんだか分かるか」


「泥だんごの……平べったいやつ?」


「どこかの貴族の屋敷で見た。ハンバーグって言うんだとよ。

 あっちはもっといい肉を使ってたけどな」


グレン兄ちゃんは鼻で笑った。


「こっちは、捨てられねえ肉だ」


 ◇


グレン兄ちゃんは、炭箱の底から小さな包みを出した。

黒い炭が、ほんの少しだけ入っている。


「隠してたの?」


「まあな」


グレン兄ちゃんは短く言った。


「でも、これで本当に最後だ。だから失敗できねえ」


鉄板に、久しぶりに火が入った。

グレン兄ちゃんは火を見て、鉄板に薄く油をひく。

成形した肉を鉄板に置いた。


ジューッ。


さっきまでぐちゃぐちゃだった塊から、急に飯の匂いが立った。


玉ねぎの甘い匂い。

肉の香ばしい匂い。

脂の焼いた匂い。


テオの腹が鳴る。


「これ、食べたい」


「客じゃねえからな。試作確認なら、食える」


グレン兄ちゃんは、さっきの紙を軽く叩いた。


「紙にもそう書いてある」


「紙って便利だな」


「今さらだろ」


ハンバーグが裏返される。

焼き目がこんがりついて、うまそうだった。


 ◇


内臓のほうは、別の小鉢に分けられていた。

グレン兄ちゃんは、下処理した内臓を小さく切っていく。


余計な脂を取る。

塩で揉む。

下茹でする。


「そのままだと臭くて固い。だから、手間をかける」


グレン兄ちゃんは串に刺すような仕草をして、途中でやめた。


「今日は小さく焼くだけだ」


「なんで」


「串で出すなら、何本でいくらにするか、どこまで火を通すか、全部決めなきゃならねえ」


「めんどくさい」


「商売はだいたいめんどくせえ」


鉄板の端で、ホルモンが焼かれる。

じゅわっと脂が出て、火が少し跳ねた。


グレン兄ちゃんがすぐに火を弱める。


「ほらな。

 こいつはうまいけど、火が跳ねる。

焼き場の囲いもいる」


「おいしいだけじゃだめなんだ」


「だめだな」


グレン兄ちゃんは、鉄板から目を離さずに言った。


「うまい。安い。腹にたまる。

 それだけじゃ、もう通らねえ。

 安全に焼ける。紙に書ける。次の日も同じように出せる。

 そこまでやって、やっと店に戻せる」


テオは黙った。

それは、少しつまらない話だった。

でも、グレン兄ちゃんの目は本気だった。


 ◇


小さな皿に、ハンバーグが半分だけ乗せられた。

その隣に、焼いたホルモンが二切れ。


「少なっ」


「試食だ」


グレン兄ちゃんは、自分の分も同じだけ皿に取った。


「いただきます」


テオは、まずハンバーグをかじった。

外は少しカリッとしている。 中は柔らかい。

噛んだ瞬間、肉汁と玉ねぎの甘さが出てきた。


「……なにこれ、うまい」


言ってから、もう一口食べた。


「ほんとに、あの捨てる肉?」


「捨てる予定だった肉だ」


グレン兄ちゃんが訂正する。


ホルモンも食べてみる。

少し噛みごたえがある。

でも、嫌な臭いは思ったより少ない。

噛むと脂の味が出る。


「これも、うまい」


「まだ硬いな」


グレン兄ちゃんは自分の皿を見ながら言った。


「下茹での時間か?いや、切り方も変えたほうがいいか。

 タレも少し強く……」


グレン兄ちゃんは、ブツブツ一人で言ったあと、


「でも、いける」


その顔は、久しぶりに少しだけ楽しそうだった。


「これ、ルカとかニナ、みんなにも食べさせようよ」


「もう炭がねえ」


グレン兄ちゃんは鉄板を見た。


「だからよ。紙が通って、火が戻って、そんとき――」


グレン兄ちゃんは、にやっと笑った。


「みんなでこれでぶちかます」


テオは皿の上の残りをじっと見た。

手をかけると、変わる。

さっきまで捨てる肉に見えたものが、ちゃんと飯になっている。


「グレン兄ちゃん。

 主役じゃないものにも仕事があるって、さっき言ってたじゃん」


「ああ」


「じゃあ、オレにもある?」


グレン兄ちゃんは笑った。


「あるに決まってんだろ。食って感想言う仕事」


「もっとかっこいいやつがいい」


「じゃあ、火が戻った時まで待ってろ」


グレン兄ちゃんは、皿を片づけながら言った。


「そのときは、こねるやつが山ほどいる」


テオは、自分の手を見た。

まだ肉はこねていない。

でも、いつかこねることになるらしい。


それがなぜか、少しだけ楽しみだった。



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