表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
初級魔法しか取り柄がない!!  作者: なるっち
8章 王立ヴィクリィール学園 ― 下町の火

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
123/130

第123話 規定外の肉

翌朝、グレンはまず冒険者ギルドへ向かった。


炭は後回しにされた。

紙は読んでもなかなか先に進まない。

なら、先に肉だ。



 ◇



ギルドには、肉の匂いよりも、ため息の匂いのほうが濃かった。


「まただ。今日もこれだけ」


ギルド職員が、でかい桶を足で軽く押した。

桶の中では、赤黒い水が揺れている。


血の混じった水。

脂のついた端肉。

筋ばった部位。

内臓。

骨まわりに残った肉。


前なら、下町の屋台や安い食堂に回っていたものだ。

今は、まとめて「規定外」の桶に入れられている。


「魔物肉は、解体後二刻以内に処理場へ。

 内臓は、一刻以内に血抜きと冷却。

 “瘴気戻りの兆候がある部位は廃棄。

 処理記録のないものは、飲食店へ出荷不可」


職員は、紙を読み上げる途中で、嫌になったように顔をしかめた。


「急にこんなもん出されてもな」


その職員は、グランツ経由で知っていた。

グレンは桶を覗き込んだ。


鼻につく臭いはある。

血が残っている。ぬめりが出かけている。

魔物肉特有の、嫌な魔力の匂いが少し立っている。

けれど、今までならグランツが見て、洗って、切り分けて、強火で焼いていた肉だ。


「瘴気戻りってやつか」


グレンが言うと、職員がうなずいた。


「魔物肉は、時間が経つと中に残った魔力が濁る。

 血や内臓から先に戻るんだとよ。

 腹を壊すだけならまだいい。ひどいと熱を出す」


「今まで食ってた連中は?」


「今までは、現場の勘で弾いてた。

 グランツみたいなやつが見りゃ、だいたい分かる。

 けど、今は分かるやつが見たじゃ通らねえ」


職員は紙を指で弾いた。


「何時に獲って、何時に解体しか。誰が血抜きして、どこで冷やしか。瘴気戻りなしか。

 全部、紙にしろってさ」


「めんどくせえな」


「こっちの台詞だ」


職員が、桶を見ながらぼやく。


「捨てるにも金がかかる。埋める場所もいる。

 瘴気が戻った肉は、そのへんに捨てりゃ魔物や虫が寄る。

 流せばこっちが罰を食う」


グレンは、桶の縁に指をかけた。


「だったら、捨てる前に俺に売れ」


職員が、グレンを見る。


「お前のとこ、《英雄焼き肉》だろ。監査中じゃねえか」


「店は止められてる。

 けど、二度と開けるなとは言われてねえ。

 炭も肉も紙も、自分で通せって言われただけだ」


グレンは鼻で笑った。


「だから、なんとかしに来た」


職員は呆れた顔をした。


「規定外肉を買って、どうする気だ」


「そのまま客に出すわけねえだろ」


グレンは桶の中を指さした。


「血を落とす。ぬめりを落とす。瘴気戻りを止めるか、せめて遅らせる。

 それから火を通す。その手順を紙にする」


「簡単に言うな」


「水下りのとき、スラムの水場に石を沈めたろ。

 学園のやつらが作った、浄化の魔導基盤だかなんだか」


職員の目が少し動く。


「ああ。世界樹の枝の噴水とは別の、試作のやつか」


「そうだ。あれで水は前よりましになった。

 だったら、肉にも使える形を考えりゃいい」


「肉に浄化魔法をかけるのか?」


「違う」


グレンは即答した。


「肉を、奇跡で安全にするなんて言ったら、また偽タレと同じだ。

 そうじゃねえ。洗う水を作る」


職員が眉を上げる。


「洗う水?」


「浄化液だ」


グレンは、今思いついた言葉をそのまま口にした。


「血とぬめりを落として、瘴気戻りを遅らせる水。 肉を漬けっぱなしにするんじゃねえ。

 吹きかける。くぐらせる。洗う。んで、何時に洗ったか紙に書く」


「……酒で拭くみたいな話か」


「酒でも灰汁でも塩でもいい。

 ただ、魔物肉の瘴気には、それじゃ弱い。

 だから浄化の魔導基盤を使う」


職員は黙った。

完全に馬鹿にする顔ではなくなっていた。

グレンは続ける。


「今の規定だと、二刻を過ぎたら捨てるんだろ」


「部位によるが、内臓はもっと早い」


「だったら、浄化液で洗った時点から、処理済みにできるか聞け。

 生で置ける時間が少し伸びるだけでもいい。

 全部助けようなんて思ってねえ」


グレンは桶を軽く叩いた。


「十のうち三でも戻れば、ギルドは捨てる金が減る。

 こっちは肉が手に入る。

 客には、処理済みの肉だけ出してるって紙を貼れる」


「その浄化液とやらは、誰が作る」


「オレじゃねえな」


「だろうな」


職員が即答した。


「学園の魔道具研究会だ。

 あのノエルとかいう坊ちゃんと、レーンとかいう講師。

 あいつらなら、水をどうにかする石くらい作る」


「作れると決まったわけじゃない」


「だから、試す」


グレンは言った。


「試す肉を寄越せ。どうせ捨てる肉だ。

 規定外肉、試験処理用って紙をつけりゃいい」


職員が、額を押さえた。


「お前、ほんと口が回るな」


グレンは肩をすくめた。


「通る手順を作る。

 通らねえなら、何が足りねえか聞く。

 紙がいるなら紙を書く」


職員はしばらく黙っていた。

桶の中で、赤黒い水が小さく揺れる。


「……勝手には流せねえ」


「分かってる」


「衛生局の暫定許可がいる」


「頭下げる」


「ギルドの確認印もいる」


「押せる形にしろ」


「魔導基盤を使うなら、学園側の署名もいるだろう」


「坊ちゃんに頼む。署名は講師にでも書かせる」


「グランツにも処理責任者として名前を書かせることになるぞ」


「書かせる」


職員は、とうとう笑った。


「本人たちには聞いたのか?」


「これからだ」


「最悪だな」


「最初から全部そろってるなら、オレの出番じゃねえだろ」


グレンはそう言って、桶から手を離した。


「で、どうする。 捨てるか。 それとも、試験処理用で少し取っとくか」


職員は、紙の束を見た。

桶を見た。 そして、もう一度グレンを見た。


「……一桶だけだ」


「十分だ」


「まだ売ったわけじゃない。貸し出し扱いだ。

 勝手に焼くな。勝手に食わせるな。

 学園と衛生局の話がつくまで、試験以外に使うな」


「分かってる」


「本当に分かってる顔じゃねえな」


「分かってる分かってる」


「二回言うやつは分かってねえ」


職員はため息をつきながらも、紙に新しい欄を書き足した。


『規定外魔物肉』

『試験処理用』

『瘴気戻り抑制手順確認待ち』


グレンは、その文字をじっと見た。

紙は嫌いだ。

だが、紙に書かれた瞬間、捨てられるだけだった肉に、別の道ができた。


「……悪くねえな」


「何が」


「紙も、使いようだ」


職員は鼻で笑った。


「今さらかよ」


そのとき、隣の作業場から、ガリ、ガリ、と硬い音が聞こえた。

肉を切る音ではない。石を削る音だ。


「あれは?」


「魔石の規格合わせだ。街灯用や魔道具用に削ってる」


作業台の下には、きらきらした粉が桶に溜まっていた。


「それは?」


「魔石粉。削りカスだ。

 細かすぎて魔力の抜け方が読めねえ。湿らせて固めて、廃魔石置き場行き」


「捨てるのか」


「危ねえからな」


グレンは桶を見た。

規定外の肉。 規定外の魔石粉。

どいつもこいつも、紙の外へはみ出したもの。


「……それ、少し取っとけ」


職員が顔をしかめる。


「何に使う気だ」


「まだ知らねえ」


「おい」


「でも、魔道具の坊ちゃんに見せる。

 肉を洗う石を作るなら、石の屑も何かの役に立つかもしれねえ」


「爆ぜるかもしれないぞ」


「爆ぜねえ形を考えさせる」


職員は、呆れたように笑った。


「お前、学園を何だと思ってる」


「頭のいいやつが面倒ごとを考える場所」


「ひどいな」


「褒めてる」


グレンは、試験処理用と書かれた紙を一枚受け取った。


「まずは肉だ。次に石。それから紙」


「順番が逆じゃねえか?」


「オレの中では合ってる」


グレンは紙を懐に突っ込んだ。


「じゃあな。

 坊ちゃんに頭下げてくる」


「ちゃんとノックしろよ」


「考えとく」


「しろ」


背中に飛んできた声を聞き流して、グレンはギルドを出た。

外の空気は、肉と血の匂いより少しだけ薄かった。


懐の紙が、やけに重い。


けれどそれは、逃げるための重さではなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ