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初級魔法しか取り柄がない!!  作者: なるっち
8章 王立ヴィクリィール学園 ― 下町の火

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第120話 紙の上の基準

「以上が、英雄タレ騒動の現状でございます」


官吏が、最後の紙を机に揃えた。


粗悪品の一覧。

回収済みの瓶の本数。

腹を壊した者の人数。

死者は、今のところゼロ。


ヴァルドは、その一行に目を止めた。


「今のところか」


官吏は答えず、次の紙を差し出した。


「英雄のタレを名乗る品は、この通りです。

 味の再現を試みたものもありますが、多くは色と粘りだけを似せた粗悪品でした。

 奇跡のタレと称し、病に効くとうたった品も押収済みです」


ヴァルドは、紙束の中から一枚を抜いた。


『仕入れ先:グレン商会』


同じ名が、いくつかの瓶に書かれている。


「粗悪品の主犯か」


「そこが……」


官吏は、一瞬だけ言葉を選ぶように目を伏せた。


「グレン商会から、そのまま仕入れたと証言する屋台もございます。

 ですが、水や安い調味料で薄めたりして売っていた例も多く、腹を壊した者の多くは、そちらの類いでして」


「英雄の味を薄めて売ったほうが、腹を壊したと」


「はい。押収品の一部にグレン商会の名があり、本人も責任者グレンと名乗っております。

 流通元の確認のため、当初は元締めと見て同行を求めました。

 ですが、現時点では粗悪タレを故意に流通させたと断じるには、材料が不足しております」


「嫌疑不十分」


ヴァルドは、指先で紙を叩いた。


英雄。

奇跡。

スタンピード。


便利な言葉ほど、よく売れる。

そして責任を取る時には、看板だけが残る。


「《英雄焼き肉》は、正式にその名を掲げているな」


「はい。看板にもその名がございます。民の間でも、すでに広く知られております」


「ならば、英雄の名を冠する飲食場として扱う」


官吏が、小さく息を呑んだ。

ヴァルドは続ける。


「グレン商会については、粗悪品の主犯とは認めがたい。釈放しろ。ただし監視対象とする」


「反発が出るかと」


「英雄タレの元締めとして晒し者にでもすれば、下町に新しい英雄が一人できる。無用な旗をこちらから立てる必要はない」


官吏は、ほっとしたような、複雑なような顔をした。


「では、《英雄焼き肉》そのものの扱いは?」


「英雄の名を冠する焼き場として、 王都の基準をすべて適用する」


ヴァルドは、別の通達案に目を落とした。


『飲食場における炭の供給基準』

『食肉処理および保存に関する衛生指針』

『火災時対応および避難経路の提出義務』


紙は、いくらでも増やせる。

火も、水も、肉も、紙の上では線と数字に変えられる。


「炭の供給は、監査中の焼き場に対しては他より後回しとする。

 食肉の扱いも、解体場の基準が定まるまで厳格に。

 水場、煙、避難経路、孤児の労働実態も確認対象だ。

 基準適合の確認後、営業を許可する」


官吏が、わずかに眉を動かした。


「事実上……」


「営業停止ではない。紙の上に基準があるだけだ。

 営業に戻る道は、開いている」


ヴァルドは窓の外を見た。


世界樹の枝を据えた噴水に、人が群がっている。

水は少しずつ澄み、王都の喉を潤している。


「水は王都全体のものだ。火も、肉も同じだ」


その声は淡々としていた。


「英雄のものではない」


ヴァルドは、最後の紙に印を押した。


「火は消さない。だが、番は置く」

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