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初級魔法しか取り柄がない!!  作者: なるっち
7章 王立ヴィクリィール学園編 ― 水の巡り

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第114話 水の下を走るもの 【軍団長ガライアス視点】閑話

城下広場の警備任務は、戦場ではない。


喧嘩が起きれば止める。

迷子がいれば拾う。

商人が勝手に露店を出せばどかす。


その程度で済む、まだ分かりやすい仕事だった。

少なくとも、昨日までは。


人と荷車と桶が大量に並ぶ。

兵の怒号が響く。

ざわつきと熱気の波が押し寄せる。


いつもの王都じゃない。


広場の真ん中にある古い噴水が、別物になっていた。


石柱の中を通った水が、上からこんこんと落ちている。

その中心に、一本の枝。


石と金具に守られた、木に見えて、ただの木ではないもの。


世界樹の枝。


ガライアスは、口の中だけで呟いた。


「……誰だ、こんなとんでもねえもんを据えたやつは」


隣に立つ副官が、聞こえないふりをした。





「押すな!」


兵の声が広場に響く。


「桶は一つだ! 一軒につき一杯まで!」


「うちは病人が三人いるんだよ!」


「ならあっちで札をもらえ! 列を乱すな!」


別の場所では、学園の生徒が必死に説明している。


「病を治す水ではありません!

 弱った方には少しずつ飲ませてください!」


「でも、隣の子は腹の痛みが止まったって!」


「だから飲みすぎないでください!」


「奇跡の水だ!」


誰かが叫んだ。


それを聞いて、膝をつく老人が出る。


「世界樹様……」


「祈るのは勝手だが、列の真ん中で膝をつくな!」


兵が慌てて抱え起こす。


噴水の反対側では、貴族の使用人が列を抜けて、前に出ようとしていた。


「並べ」


使用人は口を開きかけたが、ガライアスの顔を見て閉じた。


そのとき、別の兵が走ってきた。


「噴水の枝に触ろうとした男を一人押さえました!」


「理由は」


「直接触ればもっと効くと思ったと」


ガライアスは、眉間を押さえた。


「説教して、列の最後尾に回せ」


「はっ!」


さらに別の兵。


「広場の外で、枝水を瓶詰めしたものと称して売っていた商人を捕まえました!」


「中身は」


「ただの井戸水です」


「そのまま、衛生局に渡せ」


ガライアスは即答した。


広場の真ん中。

世界樹の枝。

淡く揺れながら流れていく水。


静かで、美しい。


だが、その周囲は混乱だ。

欲と不安と期待が、全部が噴水へ流れ込んでいる。

ガライアスは低く唸った。


「……水場を一つ作っただけで、これか」


副官が言う。


「効果は出てます。施療院からも報告が」


だから、余計に腹が立つ。


効いているから人が集まる。

人が集まるから警備が要る。

警備が要るから兵が取られる。

兵が取られれば、別の場所に穴が空く。


ガライアスは噴水を睨む。


「……あの小僧」


副官が横目で見る。


「もしかして、イラついてますか」


「……少し任せる」


「え、軍団長?」


ガライアスの後ろ姿は、すでに小さくなっている。

見送るだけとなった副官は、大きなため息をついた。



 ◇



学園医務室の前に立つのは、二度目だった。


一度目は、御前試合のあと。

あのときの医師の顔は、今思い出しても目覚めが悪い。


「芋虫は寝てるわ」


扉の前で会ったラグナが、肩をすくめる。


「入っても?」


「静かにね。起こしたら殴るわよ」


「文句を言うだけだ」


「それを起こすって言うのよ」


ラグナはそう言いながらも、扉を開ける。


アレンは眠っていた。

拍子抜けするほど。


御前試合のあとに運び込まれたときのような、

血の気の失せた顔ではない。


頬には、わずかに色が戻っている。

呼吸も浅いが、途切れてはいない。


ベッド脇の石皿には、淡く光る石がいくつか並んでいた。

ガライアスは椅子を引き寄せ、ベッドのそばに腰を下ろした。


しばらく、少年の顔を見ていた。


「文句言わないの?」


ラグナが戸口で腕を組んでいる。


「聞こえてない」


ラグナが呆れたように笑った。


ガライアスは、アレンの右足首のほうを見た。

布の下で、形は分からない。


だが、あの日の感触は覚えている。


泥の上。

旗を抱えて走る少年。

最後の一歩。


そして——


旗に届く寸前の一歩を、

自分が叩き切ったという感触が。


今日、広場を見た。


噴水の水を待つ人々。

桶を抱えた父親。

眠れるようになったという子ども。

列を守る兵。

説明する学園生。


そこに、この少年はいなかった。

いないのに、水の下を、あの少年の線が走っていた。


足の中で暴れるのを止めたと思ったら、

今度は外を走らせるか。


ガライアスは、息を吐いた。


「世話が焼ける」


眠っている少年は、少しも動かない。


それでいい。

生きて眠っている。


今日のところは、それで十分だった。


「文句は、起きてからだ」


ガライアスは、静かに医務室を後にした。



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