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初級魔法しか取り柄がない!!  作者: なるっち
7章 王立ヴィクリィール学園編 ― 水の巡り

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第109話 寿命と再現性

ノエルは、ノックする前に一度だけ胸を押さえた。


鼓動がうるさい。

短く息を吐く。


「……失礼します。ノエルです」


扉を叩くと、すぐに返事が返ってきた。


「入れ」



 ◇



オルフェン先生の研究室は、相変わらず紙と石と本の山だった。


机の上に広げられた魔法陣。

その隣に、ぎっしり書き込みの入ったノート。


先生は、羽ペンを指で回しながら、ちらりとこちらを見る。


「顔がうるさいな」


ノエルは、苦笑いを浮かべた。


「スラムの子どもたちが、少し元気に——」


「今は魔道具のことだけ言え。使えたのか」


きっぱりと言われる。

ノエルは、背筋を伸ばした。


「はい」


「水の匂いが軽くなりました」


オルフェン先生は、それ以上は聞かなかった。


「ならば、そこから先は“どう回し続けるか”の話だ」


羽ペンの先が、机をとん、とんと叩く。


「出せ。板だ」


ノエルは、胸に抱えていた包みを机の上に置いた。


薄く削った陶板。

そこに刻まれた、浄化と流れを重ねた陣。


オルフェン先生は、陶板を一枚手に取り、指でなぞる。


「少しは頭を使ったようだな」


ノエルは、息を止めた。


「……届く形には、なっている」


「ありがとうございます」


「礼を言うな。評価を述べただけだ」


先生は陶板を机に戻す。


「ただし」


声が、少し低くなる。


「これはまだ、生活を支える魔道具ではない」


ノエルは、陶板を見下ろした。


「でも、これで変わりました」


「だからこそだ」


オルフェン先生は、机の引き出しを一つ開けた。

中から、小さな木箱を取り出す。


「それ魔石ですか」


「クズ魔石だ」


「正式な実験には揃いが悪い。授業用には癖が強い。

 だが、水瓶の底で少し働く程度なら使える」


ノエルは、箱の中を見つめた。


「レーン先生が、研究室の余りだって言っていた魔石は、もしかして……」


「勘違いするな」


先生の声で、ノエルは我に返る。


「これで足りると言っているわけではない」


羽ペンが、陶板の端を軽く叩く。


「魔石は削れる。板も傷む。水は毎日汚れる。

 今日動いたものが、明日も同じように動く保証はない」


「……はい」


「魔道具は、一撃の大魔法ではない。

 日々の生活の下で回り続ける“回路”だ」


先生は、真正面からノエルを見た。


「壊れても、詰め替えて、また動き出す。

 多くの者が、仕組みを知らずとも使える」


その声は、いつもより静かだった。


「……今の板は」


オルフェン先生は言った。


「成功した実験だ。まだ、道具とは呼べない」


ノエルは、唇を噛んだ。


痛かった。


でも、まっすぐ刺さる痛みだった。


「はい」


先生は、陶板の中心に刻まれた線へ視線を落とす。


「もう一つ」


ノエルは、身構えた。


「アレンの線だ」


その名前が出た瞬間、胸が鳴った。


「嫌いですか」


「嫌いだ」


即答だった。


「美しすぎる」


オルフェン先生は、ため息を吐いた。


「この線を見て、きれいだと言う者はいるだろう。

 だが、なぜそうなっているかを、自分の言葉で説明できる者はいるのか」


ノエルは、何も言えなかった。

自分だって、完全には説明できない。


アレンくんがどこを見て、どこを削って、どこを残したのか。

追えるところと、追えないところがある。


「魔道具は、一人の天才の手癖に頼ってはならん」


先生は、静かに言った。


「誰もが理解する必要はない。

 だが、次に作る者が迷子にならない程度には、構造を開いておく必要がある」


オルフェン先生は、羽ペンを置いた。


「寿命。そして、再現性」


二つの言葉が、机の上に落ちた。


「今のお前たちに、足りてないものだ」


ノエルは、その二つを胸の中で繰り返した。


寿命。


再現性。


「お前も魔道具師を名乗りたいなら、その二つから逃げるな」


「……はい」


先生は、窓の外に目を向けた。


「スラムで子どもたちが元気になった、という話だが」


「私は、何のために研究している」


ノエルは、答えられなかった。


「人を豊かにし、人の命を守るためだ。

 それ以外の魔法理論など、何の価値もない」


「その延長に、今の板と石がある。

 そして、それを形にするために、我々魔導士がいる」


ノエルは、胸が熱くなるのを感じた。


「そのためには、お前が持ってきたこの板と紙束で十分だ」


ノエルは、小さく笑って、頭を下げた。


「近いうち」


オルフェン先生は、箱の蓋を閉じた。


「学園長室でもうるさい話になる。

 その前に、お前の頭の中を整理しておけ」


「はい」


研究室を出て、廊下に出る。

ノエルは、胸に抱えた陶板を見下ろした。


アレンくんの線。

オルフェン先生の課題。

スラムの水瓶。

子供たちの笑い声。


全部が、頭の中でぐるぐるしている。


少しだけ震えていた。

でも、それは恐怖だけじゃなくて、期待の震えでもあった。


「アレンくん」


誰もいない廊下で、こっそり名前を呼ぶ。


「僕も、こっちから走ってみるね」




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