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初級魔法しか取り柄がない!!  作者: なるっち
7章 王立ヴィクリィール学園編 ― 水の巡り

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第108話 本物のただの水

朝から、路地がざわざわしてた。


「エルフの嬢ちゃんが、また来たぞ!」


「ちっこい石つけた、へんてこな板持ってた」


耳が勝手にそっちを向く。


「……エリュナ姉ちゃん?」


肉運びの手伝いをしてた俺は、木箱を置いた。


子どもの家の前の空き地を抜けて、

いつもの水瓶のとこまで走った。





井戸じゃない。

スラムの真ん中にある、でかい水瓶のほう。

共同で使ってるやつだ。


そこに、エリュナ姉ちゃんがいた。

その横に、ノエル兄ちゃんも立ってる。


「おいおい、なんだよ今日は学園見学か?」


先に声をかけたのは、やっぱりグレン兄ちゃんだった。

腕を組んで、にやにやしている。


「で、その変なのはなんだ?」


エリュナ姉ちゃんの手の中には、 薄い板と、小さな石があった。


焼いた土の板。

英雄焼き肉の陶板に似てるけど、もっと小さい。

上には、ぐるぐるの線が描いてある。


「きれいな水にするやつ」


エリュナ姉ちゃんが、あっさり言った。


「アレンが考えた」


その一言で、胸の奥がどくんと鳴った。


「……お兄ちゃんが?」


「うん」


エリュナ姉ちゃんは、にこっと笑った。


「おいおい」


グレン兄ちゃんが、肩をすくめる。


「そんなきたねえもの持ってきて、きれいにしますとか、

 夢みたいな話するんじゃねえよ」


中の水は、いつも通り、

ちょっと濁ってて、底が見えない。


「ついに治療諦めて、頭おかしくなったか?」


「グレン兄ちゃん!」


思わず声が出る。


「エリュナ姉ちゃんは、本気で——」


「本気で夢見てる奴が一番タチ悪いんだよ」


グレン兄ちゃんは、俺の頭をくしゃっと撫でた。


「いいか、テオ」


顔が、少しだけ真面目になる。


「俺たちスラムを助けるやつなんていねえ。

 それが当たり前なんだ」


「……だから、アレン製」


エリュナ姉ちゃんは、きっぱり言った。

きょろきょろと周りを見回す。


「水瓶、これだけ?」


「ここのが一番ひどい」


誰かが答える。


「じゃあ——」


エリュナ姉ちゃんは、小さく息を吸った。

焼いた土の板を、一度だけ胸の前で握る。

それから、


どぼん。


遠慮なく、水瓶の中に落とした。


「お、おい!?」


グレン兄ちゃんが叫ぶ。


「やめろ、俺たちの水だぞ!」


エリュナ姉ちゃんは、にこっと笑った。


「見てて」





みんな、一斉に水瓶を覗き込む。

俺も、背伸びして縁に手をかけた。


濁った水。

底が見えない。


でも、しばらくすると——


「……あれ」


誰かが、小さく言った。


水面に、小さな輪っかがいくつも生まれる。

さざなみみたいに。

でも、それだけじゃない。


揺れるたびに、

水の色が、ほんの少しずつ変わっていく。


「おお……」


最初に声を出したのは、小さい子だった。


「なんか、すげー」


「透明になってきた」


井戸じゃないこの水瓶で、 底の石が見えるなんて、初めてだった。

グレン兄ちゃんが、腕を組む。


「《浄化》か」


ノエル兄ちゃんが、小さく頷く。


「うん。……でも、ちょっと工夫してる」


ノエル兄ちゃんの説明してくれなかった。

たぶん聞いてもわからないと思うけど——

少なくとも、水は、ほんとにきれいになっていってた。


「どんどん行くよ」


背中の袋から、今度は別の小さな板を取り出す。

さっきのより薄くて、端に小さな魔石がはまっている。


「小さい水瓶用」


「おい、待て——」


グレン兄ちゃんが言い終わる前に、エリュナ姉ちゃんは同じように落とした。


「お前なあ!」


「大丈夫」


エリュナ姉ちゃんは、平然としている。


「これも、アレン製」


「……」


言葉に詰まってるグレン兄ちゃんを見て、

ちょっとだけスッとしたのは、内緒だ。


みんな、また水瓶を囲む。

さっきより人数が増えてる。


「コポコポいってる……」


「よし」


エリュナ姉ちゃんが、小さく息を吸う。

ノエル兄ちゃんが、ちょっと不安そうにしながらも、こくんと頷く。


「じゃあ、これ飲んでみて」


エリュナ姉ちゃんが、小さい水瓶の水を、コップに汲んだ。

一番前にいた子が、顔をしかめる。


「これ飲めるの?」


「わざわざ飲むもんじゃねえよな」


別の子が笑う。


「違うよ」


エリュナ姉ちゃんが、コップを持ち上げる。


「これ、アレン製」


「……」


一瞬、空気が止まった。


「だったら、なおさら怖えよ」


大人がぽつりと言う。


「呪いの子の道具とか、飲んだら何起きるか分かんねえだろ」


「お兄ちゃん、呪いじゃない」


思わず言ってた。


でも、子どもたちは顔を見合わせるだけで、誰もコップを取ろうとしない。

エリュナ姉ちゃんは、困った顔になった。


「飲むなら、少しだけ」


ノエル兄ちゃんが言った。


「学園でも試した。でも、ここの水でどうなるかは、ちゃんと見たい」


「私も一緒に飲むから」


エリュナ姉ちゃんの手が、少しだけ震い始めたのを見て。

ぐっと、足が前に出た。


「貸して」


エリュナ姉ちゃんの手から、コップをひったくる。


「バカ、やめろ!」


グレン兄ちゃんが叫ぶ。


ごく、ごく、と飲む。


「テオ!やめろって!」


袖を引っ張られる。腕を引かれる。

でも、絶対口を離さない。

最後の一滴まで、ちゃんと飲み干す。


「ぷはーっ」


グレン兄ちゃんが詰め寄ってくる。


「大丈夫か。腹はよ、あとから来るんだ」


「……」


自分の腹を、押さえてみる。

きゅっとなる感じは、なかった。


それより——

臭くない。変な匂いもしない。

ただ、喉の奥が、すうっと流れていく。


「うまい」


一番最初に出たのは、それだった。


「なんか、ただの水」


「はあ?」


一斉にツッコミが入る。


「うんと、だから」


言葉を探す。


「ちゃんとした水……」


「何だ、それ」


自分でもよく分からない。

でも、エリュナ姉ちゃんが、にっこり笑った。


「アレン製」


そればっかりだな、この人。

ノエル兄ちゃんが、額を押さえる。


「エリュナ、もうちょっと説明——」


「うん」


エリュナ姉ちゃんは、少し目を輝かす。


「これは、きれいにする」


小さい水瓶を指さす。


「アレンが、世界樹の真似してみたって言ってた」


「底が見えて、匂いが軽い、ちょっときれいな水」


エリュナ姉ちゃんは、俺の顔を見た。


「テオは、どう?」


「俺は——」


胸のあたりを、もう一度押さえる。


「土の味しない。もっと飲める」


ぽろっと出た。


「……」


一瞬、静かになった。


それから——


「俺も飲む!」


一番前にいた子どもが、コップを掴んだ。


「おいおい!」


「さっきまでビビってたくせに!」


「テオが平気なら、いけるだろ!」


「あたしも!」


「ずるい!」


ノエル兄ちゃんが慌てる。


「ちょ、ちょっと待って。

 まだ試作品だから——」


エリュナ姉ちゃんは、あっけらかんとしていた。


「アレン製。だから大丈夫」


「そこ、もうちょっと慎重に言って……」


ノエル兄ちゃんの声は、半分かき消された。



 ◇



しばらくして。


大きいほうの水瓶の周りは、 いつの間にか、別のざわめきになってた。


「顔洗っても、泥臭くねえ」


「これでルカの布を洗える」


「これでスープを作れる」


エリュナ姉ちゃんが、慌てて制限をかける。

広場の端で、子どもが笑顔になる。


尻尾をぶんぶん振ってるのは——

たぶん、俺だ。


「テオ、飲みすぎだ」


グレン兄ちゃんの声が飛ぶ。


「平気!」


本当に平気だった。





少し落ち着いた頃。


水瓶の前で、グレン兄ちゃんが、魔導基盤を一つ拾い上げた。

濡れた表面を、指でなぞる。


「……もしかしてよ」


ぼそっと言った。


「それ、水をわざと動かしてんのか?」


ノエル兄ちゃんが、目を丸くする。


「ほんと、あいつの発想ムカつくんだよ」


グレン兄ちゃんは、吐き捨てるみたいに笑った。


「グレン兄ちゃん」


俺は、思わず袖を掴む。


「これ、夢じゃないよな」


「は?」


水瓶を指さす。


「俺たちでも、これからちゃんと本物の水が飲める」


グレン兄ちゃんは、しばらく何も言わなかった。

それから、ふっと笑う。


「……まあ」


頭をぐしゃぐしゃ撫でられる。


「ちょっとは、マシになった」


それは、最大級の褒め言葉だった。


「よし」


グレン兄ちゃんが、子どもたちのほうを向く。


「お前ら、ルール決めるぞ!」


「一日何杯までか。 誰が先か。

 どうやって水瓶守るか」


「本物の、ただの水なら——

 ちゃんと続くように使わねえとな」


「はーい!」


一斉に手が上がる。


エリュナ姉ちゃんを見ると、小さく笑ってた。

ノエル兄ちゃんは、ほっとしたような、疲れたような顔をしてた。





夜。


布団の中で、天井を見上げる。


今日一日、何度も水瓶を見に行った。

底の石が見えるたびに、変な感じがした。


ここにあるのは、夢の水じゃない。

誰かをだます水でもない。


「……やっぱさ」


小さく呟く。


「お兄ちゃん、すげえや」


本物なんだ。

ごっこじゃない。


「だから、早く起きろよ」


誰にも聞こえない声で言って、目を閉じた。



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