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初級魔法しか取り柄がない!!  作者: なるっち
7章 王立ヴィクリィール学園編 ― 水の巡り

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第101話 目覚め

さわ……

ざわ……。


音じゃない。

光でもない。


どこかで、葉と葉が触れ合うみたいな気配が、

遠くから少しずつ重なってくる。


細かい揺れになって、

空気を渡り、身体のまわりを満たす。


包まれる。


皮膚を越え、

ゆっくりと内側へ染みてくる。


胸の奥。

そこだけが、はっきりとそれを覚えていた。


ああ、これ——



「……ん」


まぶたが重い。

鼻の奥に、木の匂いと、土と、乾いた布の匂い。


ゆっくり目を開ける。


頭上に、木の枝。

そのすき間から、柔らかい光が差し込んでいる。


胸の奥が、ぎち、と嫌な音を立てる。


「っ……」


骨じゃなくて、そのもっと内側の痛み。


「起きた?」


すぐそばから、柔らかい声。


金緑の髪。尖った耳。

見覚えのある横顔。


エルフ。

世界樹の根もと——みたいな、どこか。


「……エリュナ」


名前が、自然に出た。


エリュナは、ぱちぱちと瞬きをしてから、笑った。


「うん。エリュナ。

 巫女候補で、ちょっとだけ世界樹の声が分かるエルフ」


「……エルフの、里?」


自分の口から、その言葉が出ていた。


「あれ、じゃあ……」


喉の奥が詰まる。


「スタンピードは——」


土の砦。

押し寄せる魔物。

巨人の単眼。

泥の匂い。

父さんの背中。


「ボスは……」


問いながら、

今度こそ「何もなかった」って言われそうで、怖くなる。


エリュナは、ただ、じっと見ている。


「世界樹の下で、『もう魔法は撃てない』って言われて……

 二年寝てて、起きたとき、エリュナとリュシュアさんがいて」


そこで一度、息を飲む。


世界樹の治療。

瘴気石を泥だんごの封印。


「……それから王都に行って、

 孤児院でご飯作って、焼き肉屋をやって……

 学園に来て、旗戦して、軍と土の上で走って」


言いながら、

それがだんだん遠くの景色みたいに感じてくる。


「あれ、全部……」


喉がひっかかる。


「……長い、夢」


もしそうなら、今はまだ始まってもない。

そう思うほうが、楽な気もするし、嫌な気もする。


胸の奥が、ぐちゃぐちゃになる。


エリュナは、全部聞き終えてから、

そっと俺の手に、自分の指を重ねる。


「……ごめん」


ぽつりと言う。


「王都で何をしてたか——

 ちゃんとは知らない」


エリュナは、小さく首を振る。


「世界樹の根っこから見えるのは、

 森と、マナと、ちょっとした揺れぐらい」


「だから今の話、ほとんど初めて聞いた」


それでも。と、指先に少し力が入る。


「“全部夢だった”は、違うと思う」


エリュナは、一瞬だけ上を見上げた。

この部屋の天井の、もっとずっと先。


「ここに運ばれてきたときから、ずっとざわざわしてた」


「え、世界樹が?」


「うん。

 はっきりは分からないけど」


「でも、あのときと同じ揺れ方を、一回した」


エリュナは、少し笑う。

今度はベッド脇の台を、こん、と指で叩く。


そこにあるものに、ようやくちゃんと目がいった。


「……枝」


「うん。世界樹が落とした」


エリュナは、枝の先をそっと撫でる。


「またやったの?って言ってる」


ふっと息を吐いた、その途中で、

胸の奥を、冷たい手でつかまれたような感覚が走る。


「っ……」


世界樹の枝が、小さく震えた。


エリュナが、そっと手を添える。


「……ダメ。まだそこに行きたがってる」


「そこ?」


「うん。中のマナ。

 アレンが、足に火を灯してたところ」


言われて、右足首の冷たさが少しだけ強くなる。


いつもなら、そこに一瞬だけ熱が宿った。

踏み込む前の、ほんの小さな火。


けれど今は、そこへ触れようとするだけで、

胸の奥が嫌な音を立てる。


「まだそこへ行こうとしてる。

 でも、もう受け止められない」


エリュナは、俺の胸元を見て、

少しだけ困った顔で笑った。


「だから——

 起きるのと、諦めるの、半分こ」


胸の奥が、冷たくなる。

起きているのか。寝ているのか。よく分からない。


窓の向こうには、トラルの旗が見える。

前と変わらず、風になびいている。


「……じゃあ、半分だけ、寝ます……」


目を閉じる直前、世界樹の枝が、小さく震えた。



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