夏のあと
配信が始まった夜の数字は、
よく覚えている。
次の日の数字は、
その倍だった。
そのあとは、
桁が増えるのが速くて、
覚えるのをやめた。
取材が入った。
ライブが決まった。
イベントの話が来た。
予定は、
こっちが知る前に、
埋まっていた。
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取材の部屋。
ライトの下。
同じ質問を何度も訊かれた。
「その髪は、地毛ですか」
「目の色は——」
歌のことを、
訊かれない日も、あった。
キキは、テンプレート化した返答で、口を開いた。
「生まれつきなんです」
あとは、
何も言わなかった。
サキが、笑った。
コーイチも、笑った。
ふたりの笑顔が、
その先を、
やわらかく、ふさいでいた。
だから、
それ以上は、
誰も訊けなかった。
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移動の車。
窓の外が、
知らない街だった。
どこの街かもわからないまま、
次の場所に着いた。
気づくと、
誰かに起こされて、
車を降りていた。
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忙しくても、
夜には、家に帰った。
遅くなった夜も、
台所に、灯りがついていた。
キキは、ソファで、寝入っていた。
帰って、座って、
それきり、だった。
キキが昼間、
ほとんど食べていないのを、
コーイチは、わかっていた。
台所で、
だしを取る。
匂いだけが、
眠りの底に、届いていた。
「サキ、お前も食うか」
「俺はいい」
「じゃあ、早く風呂入って寝ろ」
「はいよ」
「明日も早いぞ」
遠くで、
そんな声が、していた。
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肩を、
そっとゆすられた。
「できたぞ」
キキは、
目をこすった。
まぶたが、
まだ、重い。
半分、眠ったまま、
体を起こした。
椀から、
湯気が、立っていた。
味噌汁のなかに、
卵が、ひとつ落としてあった。
ひとくち、飲むと、
朝からずっと続いていた速さが、
すこし、遠くなった。
「食ったら、風呂入って寝ろ」
キキは、
小さく、頷いた。
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気づいたら、
夏が、終わっていた。
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新学期の朝。
教室の戸を、開けた。
視線が一気に集まる。
サキは、
もとから、人気者だった。
それが、
輪をかけて広がった。
キキは、
もともと、近寄りがたい子だった。
白い髪と、赤い目、異様に白い肌。
遠巻きに見られていた。
ただ、
ここは、芸能科だった。
露出の多い人間は、
それだけで、一目置かれる。
夏を越えて、
その視線が、
露骨になっていた。
これまで遠巻きにしていた人間が、
今は、平気な顔で、近づいてくる。
「番組、見たよ」
「デビュー、おめでとう」
話したこともない人が、
笑いかけてくる。
キキは、
ひとつひとつ返しながら、
心の中で、ちいさく、息を吐いた。
現金なものだ。
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「おはよ」
葵だった。
いつもの距離で、
いつもの声で、
横に立っていた。
何も変わっていなかった。
ただ、
「すごかったな、この間の生番組」
そう言ったときだけ、
声の中に、
前はなかったものが、
少し混じっていた。
それでも、
態度は、いつも通りだった。
葵らしい、と思った。
その変わらなさが、
楽だった。
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サキが、
人の輪を抜け、後ろから寄ってきた。
葵が、サキを見て言った。
「てか」
「あのコーイチさんが」
「サキたちの親だったんだな」
サキが、笑った。
「言ってなかったっけ」
「聞いてない」
「びっくりした」
コーイチは、業界では、有名な音楽プロデューサーだ。
葵の所属する事務所のグループにも、楽曲提供している。
コーイチの名前は、
前から知っていた。
葵が憧れているグループの、
デビュー曲を書いたのも、コーイチだった。
葵にとっては、
まだ、ずっと遠い人だ。
その人の子どもが、
ずっと隣に、いた。
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キキは、
黙って、ふたりを見ていた。
人間なんて、そんなもの。
さっきは、
そう思った。
でも、
そう思わせない人間も、
すぐ近くで、笑っていた。




