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卒業

Eavesの活動は、

日に日に、増えていった。


それでも、

コーイチは

できるだけキキとサキを学校に通わせた。


「今のうちだ」


普通の場所にいられる時間は、

そんなに長くない。


コーイチは、

それをわかっていた。





---





文化祭の話が出たとき、

サキが、言い出した。


「なんか、やっちゃう?」


キキは、

顔を上げなかった。


「やらない」


「即答かよ」





サキは、

引かなかった。


「いいじゃん。学校の、思い出」


「お父さんもいないのに、ヤダ」


「いるって。客席に」


「そういうことじゃない」





キキは、

サキに弱い。


昔から、

それだけは、変わらなかった。


結局、

折れた。





歌うことに、なった。


Eavesでは、

作詞も作曲も、たいていキキがやる。


サキとコーイチは、

アレンジで、そこに加わる。


でも今回は、

作詞も作曲も、

サキとの、共作だった。


ふたりで、ひとつの曲を

最初から作った。


そういうやり方は、

はじめてだった。





バンドのメンバーを、集めた。


サキが、ギター。

ドラムとベースは、募集した。


何人か来て、

そのうちの二人に、決まった。





サビの振り付けは、

葵が、やることになった。


キキが、踊る。


「……踊るの?」


「踊るんだよ」


「聞いてない」


「いま言った」


サキが、勝手に決めていく。

止める間も、なかった。


振り付けは、

足は、ほとんど動かさない。


サビの、手の動きだけ。


誰でも、すぐ真似できる、

キャッチーなものだった。





曲は、

いつものEavesとは違った。


明るくて、

跳ねていて、

聞けば、つい体が動くような。


でも、


サビの裏に、

切なさが、すこし残っていた。


消そうとしても、

キキの描く音からは、

消えなかった。





文化祭が近づくと、

学校が、すこし浮ついた。


廊下には、

看板や飾りが、増えていく。


放課後の教室では、

各々準備に勤しむ。




キキたちも音楽室に

機材を運び込んで、

四人で、音を合わせた。


みんな、忙しかった。

それぞれの予定の合間を縫って、

短い時間に、集中した。


ドラムとベースのふたりは、

最初、ぎこちなかった。


色素の薄い、

どこか作り物めいた、美しさ。


キキは、

近寄りがたい人。


たいていの人は、

最初、そう思う。





でも、


ある日、

キキが、紙袋を持ってきた。


中身は、

手作りの、パウンドケーキ。


「これ、よかったら」


メンバーが、

顔を、見合わせた。





そこに、

葵が、顔を出した。


「練習、見学しに来た」


時間が、空いたらしい。


キキが、

葵にも、ひとつ差し出した。


「葵も、どうぞ」


葵は、

受け取った。


「ありがとう」


「…キキちゃんが、作ったの?」


「うん」


キキは、

あっさり、答えた。


「…そうなんだ。いただきます」


葵は、

すぐには、口をつけなかった。


ひと口めを、

すこし、大事にするみたいに食べた。


そのあとは、

黙って、輪の外から、見ていた。


(あーあ、落ち込んでら。

まぁ、特別感は感じてたよなぁ)


サキだけが、

それに、気づいていた。





帰り道、

ドラム担当が、サキに言った。


「深町さんって、

近寄りがたいと思ってたけど」


「……優しいんだな」


頬が、すこし赤かった。


サキは、笑った。


「だろ」


それ以上は、

言わなかった。





キキが家で、

コーイチに、愚痴を言っていた。


「踊るなんて、聞いてない」


「サキが決めたのか」


「勝手に」


コーイチは、笑った。


それから、

練習に付き合ってくれた。


いつも通り、

コーイチが、ベース。

サキが、ギター。


ふたりの音の前で、

キキは、歌った。





踊りのほうは、

葵が送ってくれた動画を見ながら、

ひとりで、覚えた。


止めて、

巻き戻して、

また、止めて。


手と、声が、

なかなか、合わなかった。


夜中まで、

リビングは、明るかった。





---





エマとは、

月に一度、ビデオ通話をする。


その日も、

画面の向こうに、エマがいた。


近況を話すうちに、

文化祭の話に、なった。


歌うこと。

踊らされること。

サキが、勝手に決めたこと。


エマは、笑った。


『サキらしいわね』


それから、


『きっと、高校生活を、

楽しんでほしかったのね。サキは』


『相変わらず、姉想い』


キキは、

何も、言い返さなかった。


ただ、

画面の隅で、

自分の顔が、すこし笑っていた。





---





本番の日が、来た。


体育館は、

人で埋まっていた。


始まる前から、

客席は、ざわついていた。


Eavesの、キキとサキが出る。

それを、みんなが知っている。


待ちきれない。

そういう、空気だった。





ふたりが、

ステージに、出ていく。


その瞬間、

ざわめきが、引いた。


客席が、しんと静まる。


息を、のむみたいに。





キキが、

マイクの前に、立つ。


カウントが、入る。

ドラムが、走り出す。


その瞬間、

止めていた息が、

いっせいに、あふれた。


歓声が、ステージを、ゆらす。





キキは、

最初、すこし固かった。


学校の文化祭は、

いつものステージとは、

勝手が、違う。


でも、


歌い出せば、

あとは、いつもの声だった。


知っているつもりでも、

生は、まるで違う。





Bメロの終盤、


サキが、キキを見る。

キキも、サキを見ていた。


目が合って、

どちらからともなく、笑った。


見回すタイミングが一緒の双子。





サビに入る。


キキは、前を向いて踊りだした。





それを合図に、

客席が、はじけた。


前の客が、

同じ手振りを、真似する。


それが波になって、

後ろまで、広がっていく。


歓声。

手拍子。

あちこちで、スマホが光る。


ステージでは、

メンバーが、楽器を鳴らしながら、

体で、リズムを取っていた。


舞台袖で、

葵が、同じ振りで踊っていた。





いちばん後ろに、

コーイチがいた。


マネージャーと並んで、

腕を組んで、見ていた。


その顔は、

ステージの上からでも、わかった。





歌い終わって、


葵と、

メンバーみんなで、

手を合わせた。


「おつかれ」


「おつかれさま」





サキが、

キキを見た。


「楽しかっただろ」


キキは、

否定しなかった。


サキが、

満足そうに、笑った。


その顔を見て、

キキも、すこし笑った。





---





それから、

活動は、もっと忙しくなった。


学校に行ける日は、

減っていった。


季節が、

いくつか変わって、


気づいたら、

卒業式だった。





---





式が終わって、


キキとサキと葵は、

いつもの軒下に集まった。


三人で、

ここに来るのも、

最後かもしれなかった。





葵は、

結局、

高校のうちには、

デビューできなかった。


「でも」


「近いうちに、絶対する」


「だから」


「待っててよ」


キキは、

頷いた。


「うん」





サキが、

ふいに立ち上がった。


「俺、ちょっと挨拶してくる」


そう言って、

行ってしまった。


わざとらしいくらい、

そそくさと。





ふたりが、残った。





葵が、

何か言いかけて、


やめた。


キキも、

何も言わなかった。


ふたりで、

桜の木を、見上げた。


まだ、

ひとつも、咲いていない。


固いつぼみが、

枝の先で、

春を、待っていた。





葵は、

これから、もう一歩先の表に、

出ていく人だ。


キキは、

自分の気持ちにも、

まだ名前をつけていなかった。


だから、

何も起きないまま、

時間だけが過ぎた。





葵が、

手を差し出した。


「じゃあ」


キキは、

その手を握った。


「うん。またね」


手を、離した。





葵の背中が、

人のなかに消えていった。


サキが、

戻ってきた。


「行こうぜ」





軒下を出る。


「またね」は、

嘘じゃなかった。


たぶん、

そう遠くないうちに、

また会う。


別々の場所で、

表に立つ人間として。

3章、ここまでです。

次章からは、作者がずっと書きたかったパートに入ります。

なかなか決まったペースで更新できず、申し訳ありません。


マイペースな歩みですが、見守っていただけたら嬉しいです。

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