第603話 お泊まり延長
翌日二十八日、満は小麦につれられて、イリスのところを訪れる。
昨日まで降り続いていた雪もすっかりと上がり、冬らしい晴れた空が広がっている。
「あら、いらっしゃい。すっかりいい感じね」
「そ、そうでしょうか」
出迎えられた満は、イリスに言われてすっかり顔を赤くしている。ちょっと前までははっきりいって考えられなかった表情だ。その様子を見て、イリスはものすごくにやけている。
ちょっとイリスの表情を見ていられないと感じた小麦は、満のことで確認を入れる。
「舞お姉ちゃん。満くんはこのまま連れて帰っても問題ないかしら」
がっちりと自分の前でホールドしながら、イリスに確認をしている。
小麦の行動にびっくりしながらも、イリスは問題ないと答えている。昨日の間に事務所には話をつけてくれたらしい。ついでに、キマのことは打ち合わせとか言ってこちらから動けないようにしたとのこと。まったく、なんとも策士なことである。
そう、満を家まで送り届けるまでの間、誰の邪魔も入らないというわけだ。これに気が付いた小麦は表情を明るくして、イリスはサムズアップをしている。間にいる満だけが、理解できないで不思議がっている。
「というわけで、早く帰りなさい。ただでさえ、本来の予定を二日もオーバーしてるんだからね」
「任せてちょうだい。私は彼女ですからね」
イリスに促された小麦は、満を後ろから抱きしめたまま、少々鼻息を荒くしながら答えていた。
「ちょっと小麦さん。息がっ、息がくすぐったいよ!」
「ああ、ごめん!」
満からの訴えで、小麦はパッと満から離れている。
思ったより二人の身長は変わらないので、小麦の吐息と鼻息がいい感じに首辺りをくすぐってくれている。そのため、満は我慢できなくなって訴えたのだ。
目の前の二人様子を見て、イリスはついお腹を抱えて笑い出してしまう。
「ちょっと、舞お姉ちゃん」
「ごめんごめん。二人の様子がおかしくってね」
笑い過ぎて出てくる涙をぬぐいながら、イリスは小麦に謝っている。
どうにか笑いをこらえて立ち直ると、イリスは改めて二人にまじめな顔を向けている。
「とにかくようやく二人がくっついて、周りは安心すると思うわ。存分にイチャイチャを見せつけてあげたらいいわよ」
「そ、それでいいのかなぁ……」
「いいのよ」
ウィンクしながらアドバイスをしてくるイリスだが、いまいち満はアドバイスを受け止めきれないでいるようである。胸を張るイリスに、疑いの目を向けている。
さすがにここまで疑われてしまうとイリスは苦笑いをするしかなかった。
「そろそろこっちを出た方がいいんじゃないかしらね。帰省ラッシュに巻き込まれたら、戻るの大変よ?」
「あっ、そうだね。満くん、そろそろ出発しよう」
「うん。イリスさん、お世話になりました」
小麦に声をかけられて、満はイリスにお礼を言う。
「私は先輩だもの。これくらいは当然。むしろ、ちょっと引き留めすぎちゃってごめんね。さっ、早く帰りなさい」
「はい。では、またお会いしましょう」
イリスは左手を腰に当てながら、早く帰るように促している。その言葉を受けて、満はイリスに頭を下げ、小麦と一緒に車に乗り込んだ。
ゆっくりと走り去っていく小麦が運転する車を見送りながら、イリスは空を見上げて小さくつぶやく。
「私も、そろそろ恋をした方がいいかな。後輩に妬いちゃうなんて、そんな日が来るとは思わなかったわ」
すっかり見えなくなった小麦たちの方へともう一度視線を向けたイリスは、寒さに少し身震いをしてから部屋へと戻っていった。
イリスと別れた満と小麦は、地元へと向けて北上をしている。
懸念していた通り、すっかり帰省ラッシュに巻き込まれてしまった上に、山越えが近付くにつれて雪が舞い始めている。
なんとも踏んだり蹴ったりな状況になっている。
「参ったわねぇ。これじゃ、家に戻れるのは夜中になりそうだわ」
「ずいぶんと混んでますよね」
「仕事納めと重なったから、混むのは予想していたんだけどね……。ただ、ここまでとは思ってなかったわ。もう、しょうがないわね……」
何十キロと続く渋滞の中で、満と小麦はすっかり困り果ててしまっているようだ。
だが、晴れて恋人同士となった二人は、渋滞には困りつつも、どことなく嬉しそうにしているところがある。なんといっても、それだけ二人の時間が増えるのだから。
現在の状況はロマンチックとはかけ離れた状況だというのに、なんとも図太い神経をしているものである。
そんなこんなで夕方には到着予定だった二人だったのだが、気が付けば真夜中。
満を家に送り届ける予定だった小麦は、やむなく予定を変更することにする。
「さすがにこの時間じゃ、満くんの家に寄っていくのは迷惑かな」
「別に構わないですよ。ルナさんと一緒だった頃は、夜中によく抜け出してましたからね」
「ルナ・フォルモントはルナ・フォルモントでしょ。満くんとは違うの。しょうがない、今夜は私の家に泊まっていきなさい。明日、改めて送っていくから」
「あっ、はい」
小麦に強く言われた満は、仕方なく小麦の言葉に従うことにしたようである。
満は別に構わないというものの、やはりそこは人間としての礼儀というものを優先したようだ。
そんなわけで、満は小麦ともう一晩過ごすことになってしまったのだった。




