第602話 甘い思いは止まらない
翌朝、満は小麦の家で目を覚ます。
「うわぁっ?!」
突然、満は大きな声を上げて飛び起きている。
それもそうだ。目の前には小麦の寝顔。
満が覚えているのは、小麦のマンションで寝たところまで。どうしてこうなっているのわからない。
(あれっ、僕って小麦さんと一緒に寝たんだっけ? 布団を敷いてもらって寝たところまでは記憶にあるんだけど……)
小麦の顔をまじまじと見つめる満。その顔を見ていると、満はつい顔を近付けてしまう。
「おはよ、満くん」
「うわぁ、小麦さん?! 起きてたんですか」
ある程度顔を近付けたところで、小麦がぱちりと目を開ける。その瞬間、満は自分が何をしようとしていたのかということに気が付いて、顔を真っ赤にして思いっきり離れている。
「さすがに満くんの叫び声を聞かされたら目が覚めたよ。それより……」
小麦はむくりと起き上がると、満に顔を近付けていく。かと思えば、思いっきり唇を重ねてきた。
ただし、昨日のようにではなく、一瞬ですぐに離れている。満はちょっと残念に感じているみたいだ。
「おはようのキスは、そんなに長くしないよ。もう、満くんってば」
「も、もう、小麦さんってば」
残念がってるとからかわれた満は、顔を真っ赤にして視線を横にずらしていた。まったく可愛らしい反応というもの。この時の満の反応に、小麦はしばらく微笑ましくて笑っていた。
起きて顔を洗うと、小麦は朝食を作る。恋人同士になった翌朝に、彼女の手料理とは羨ましい限りである。ただし、今は女性同士だが。
朝食を並べて食べる際、小麦は満に話しかける。
「満くん」
「なあに、小麦さん」
「私、明日に実家に戻るから、その時一緒に乗せていってあげるね」
「あ、助かります。小麦さん」
帰省するから送っていってくれると言われ、満はものすごく淡々と反応していた。こういうところは実に満っぽいというもの。
このあまりにも淡々とした反応に、小麦は笑ってしまう。
「もう、小麦さん。笑わないで下さいよね」
「ごめんごめん。なんかそういうずれた反応が満くんだなって思えちゃってね。あれだけアピールしたのに全然気づいてもらえなかったって過去もあるわけだもん」
「もう、褒めてないですよ、それは」
眉をハの字にしながら、小麦のいいっぷりに不快感を示している。その顔を見て、小麦は満足そうだ。
「そういえば、芸能事務所の方はいいのかな」
「あっちはイリスさんがどうにかしてくれるみたいですよ」
「そっか。さすが舞お姉ちゃん、頼りになるなぁ」
「ですね。昨夜の荷物の件にしても、すっごく気が利いてますし」
そう、満がきちんと服を着替えていられるのは、小麦の住むマンションまでイリスが満の荷物を持ってきてくれたからだ。その直後、イリスはすぐに帰ってしまった。後輩二人の仲を邪魔するわけにはいかないと、お邪魔虫は退散したというわけである。本当に気遣いのできるいい先輩である。
少し、沈黙が漂う。
しばらくすると、小麦が話題を思いついたらしく、満に話しかける。
「満くんは、来年受験だよね。進路は決めたの?」
よりによって、ここで進路の話を切り出されて、満は難しい顔を浮かべてしまう。どうやら、まだ具体的には決まっていないらしい。
「あー、その顔。決まってないなぁ? 一年なんてあっという間だぞ」
「いや、正直なところ、アバ信で食べていける気がしているし、アイドルまで始めたらしばらく収入は安定するかなって……」
小麦の苦言に対して、満は思うところを話している。アバター配信者に関しては小麦も行っているので、まあなんとなく納得がいくというものだ。
「吸血鬼で魅了が使えるからといっても、過信は禁物だぞ。とりあえず、大学くらいは出ておいた方がいいと思うよ」
「うーん……。僕は何をしたらいいんだろうかなぁ」
小麦から将来設計のことでアドバイスを受けると、満は本格的に悩み始めていた。これまであんまり悩んできたことがないから、満にはどうも難しいことのようだった。
思い悩む満を見て、小麦はちょっと反省をしている。
「うん、なんかごめんね」
「あ、いいですよ。ただ何となくで過ごしてきた僕が悪いんですから。ちなみに、小麦さんが今の大学を選んだ理由はなんですかね」
「私はママに憧れていたから、ママと同じ道に進もうとして経営の勉強をするために入ったんだ。パパも同じような仕事だし、両親に憧れたっていった方がいいのかな」
「ふむふむ、そういうのもありなんですね」
小麦の進学の理由を聞いて、満はちょっと参考になったみたいだ。
両親への憧れからとはいっても、きちんと就職の内定まで決めて無事に卒業できそうになっているのだから、それだけ小麦は頑張ってきたということである。その話を聞いて、満の中にも負けない気持ちというのが生まれてきたようだった。
「ありがとう、小麦さん。参考にさせてもらいますね」
「えっ。まあ、満くんの参考になったのならいいかな」
満のにっこりと微笑む姿に、小麦はちょっと驚いたようだった。そうかと思えば、小麦はパンと手を叩いている。
「よし。昨日だけじゃ不十分だったし、満くん、今日もデートしよう!」
「はい。小麦さんにお任せしちゃいますね」
「うむ、任せなさい」
朝食を食べた二人は、服を着替えて出かける準備をする。
部屋を出ていく二人は、お互いに笑顔を向けている。その手はしっかりとつないで……。




