第600話 光り輝く君と
マンションのエントランスに足を踏み入れると、そこにはすでに小麦の姿があった。
小麦はデートということもあって、ものすごく気合いの入った格好をしている。
小麦の姿を見た瞬間に、満はその姿に見とれてしまう。
「お、おはよう、満くん」
「おはよう、小麦さん」
挨拶をされたので、満もどうにか挨拶を返す。
(ど、どうしよう……。すごくドキドキする)
自分よりもよっつ年上である小麦の姿は、とても大人びている。まだまだお子様な満には少し刺激が強かったようである。今が女の状態なのが幸いだ。
ところが、これは小麦の方も同じ。
イリスによって着飾らされた満は、ものすっごく美人なのである。
元々吸血鬼化した時点で、元であるルナ・フォルモントの影響を強く受けているので、その時点でも美人である。それを、イリスの気合いの入った手腕によって、より一層引き立たされている。小麦がドキドキするのも無理はない。
「えっと、どこにいこっか」
「僕、東京のことはよく分からないから、小麦さんにお任せします」
「わ、分かったわ。じゃ、早速行きましょう」
「うん」
満と小麦は並んでマンションを出ていく。
さすがに恥ずかしいのか、手をつないではいない。なんとももどかしい距離感が、初々しいというものだ。
小麦の案内で、満は東京のあちこちを体験していく。
一緒に服やアクセサリーを見て回り、お昼はおしゃれなカフェで一緒に食事を楽しんでいる。その時の満の仕草は、どことなく少女そのものである。
「ねえ、満くん」
「なんですか、小麦さん」
「ふふっ、アイドルとして昨日ステージに立っていたのに、意外とまったく気づかれないのね」
食事の最中に、小麦はにこにこと笑顔を浮かべながら、満に話しかけている。
確かに不思議といえば不思議である。普段はすることのない髪型やファッションということもあるのだが、顔立ちや髪色からは特定されそうなものである。特に銀髪なんていうのは珍しすぎる。
しかし、ここまでまったく気づかれるどころか、怪しまれることもない。まったく不思議なものである。
「あははは。実は、ちょっと不安なので怪異としての力をちょっと使ってるんですよね。ちょっと気配を弱めてみてるんですよ」
「まあ、満くんってば、そんなこともできるようになったのね」
照れながら種明かしをする満の話を聞いて、小麦はあごに軽く手を当てながら笑っている。
そんな仕草のひとつひとつも、今の満にはかなり大きく響いてくる。
おしゃれなカフェの中で、二人はなんとも甘々な空気を醸し出している。
午後も小麦の案内であちこちを巡っていく。
冬の日暮れは早く、やがて、あちこちでライトアップが始まる。
クリスマスは終わってしまったものの、東京の街の中は、様々な電飾がともってとてもきらびやかだ。
満は、照明によって照らされる小麦の横顔にドキドキとしている。
そんな中、小麦が不意に満に顔を向けたかと思うと、ぎゅっと手を握りしめる。
「こ、小麦さん?!」
「行こう、満くん。この先の場所から見える景色は最高なんだ!」
「は、はい!」
柔らかな表情を浮かべる小麦に引かれながら、満は一緒に走っていく。
そうしてやってきたのは、海にほど近い場所。周りを見回してみると、どこもかしこもカップルだらけのような場所だった。
小麦はそんな周囲の状況を気にすることなく、東京の中心地の方へと歩み出て、くるりと振り返って満に話しかける。
「どう、このキラキラした光景は」
夜景の光が後光になって見づらいものの、小麦の顔は確かに笑っている。だけど、その状態のおかげで、満には小麦が光輝いて見えている。
あまりの美しさに見とれてしまった満は、しばらく言葉を失って反応できなくなってしまう。
「……満くん?」
心配になった小麦が、満へと顔を覗き込ませるように近づいていく。近づくにしたがって、満の鼓動は少しずつ速くなっていく。
「こ、小麦さん!」
耐え切れなくなった満は、つい叫んでしまう。その声と同時に、小麦は足をぴたりと止める。
「なあに、満くん」
とても可愛らしく、小麦は満の顔を覗き込んでいる。その仕草と表情で、満はますます顔を真っ赤にしてしまう。
(ええい、今日は覚悟を決めたんだ。頑張れ、僕)
小麦の顔にドキドキしながらも、満はどうにか気合いを入れ直している。
目の前に小麦がいる状態で、大きな胸に手を当てて、一度深呼吸をしている。
幸い周りにはカップルばかり。この状況なら自分がこれから取る行動も何も問題ないはず。満はもう一度呼吸を落ち着かせる。
「満くん、どうしたの?」
「小麦さん!」
様子のおかしい満を見て心配になってきた小麦に対し、満は大きな声で名前を呼ぶ。
「僕は、あなたのことが好きです!」
肩を張った状態で、今にも泣きそうな顔をしながら満はついに小麦に告白をする。まさかの満からの告白に、小麦はぴたりと動きを止めてしまう。
「み、満くん……?」
両手を口に当てるように上げて、驚く小麦。ひと通りデートをして終わりだと考えていたので、満から告白してくるとは思ってもなかったのだろう。まさに不意打ちである。
そうかと思えば、満は小麦の両手を握って顔の前からどけると、そのまま顔を近付けていく。
そっと、唇が重なる。
周りの音も視線も気にならなくなるくらい、覚悟を決めた口づけ。それは、まるで時が止まったかのよう。
空の暗闇から白いものが舞い降り始め、キラキラとした空間は、一層幻想的な雰囲気に包まれていくのであった。




