第597話 サプライズのコンサート
セットリストでは、トリとなる全員による歌唱のはずだ。
ところが、ステージに出てきたのは光月ルナただ一人。会場は少しどよめきが起きている。
「みなさん、全員での歌唱と思われたと思います。ですが、ここは僕のわがままを聞いてもらいました」
会場はざわざわと騒ぎ始めている。
それもそうだろう。ルナは今年デビューしたばかりの新人である。それがわがままを通して一人で出てきたのだ。そうそう起きないことだけに驚いているというわけなのだ。
「この場で申し訳ないのですが、僕の新曲を披露させていただきます。お聞きください、『憧れを追いかけて』」
ルナがそう言うと演奏が始まり、会場はしんと静まり返った。
***
憧れは 遠い空の彼方
まだ見ぬ この想い 胸に秘めたまま
歩み出す 弱く小さな一歩
吹く風に 流されるまま
聞こえる 聞いてる その声を
見える 見ている その姿を
絶対に 見失わないように
飛び出そう まだ見ぬ世界に 装いも新たな自分で
駆け抜けよう 遮る壁を 乗り越えて
追いかけて はるか遠い場所の 憧れの背中に届くように
手を伸ばし つかみ取る 輝くその光を
***
ルナは一番を歌いきる。
「これって……」
その歌を聞いた瞬間、イリスは何を感じ取っていた。
(そっか。満くん、自分の気持ちに、気が付いたのね。それで、その気持ちを歌に込めたのか……)
ちらりとイリスは会場の方へと視線を向ける。仕掛けたとおりであるならば、来ているはずだから。
(あの子は感受性豊かだから、きっと、この歌に込められたメッセージに気が付くはず。この後、うまく事を運んであげなきゃね、二人の先輩として)
イリスは再びステージ上のルナへと視線を向けた。
***
抱え込む 想い 悩みたち
小さな 心には 今は重すぎて
立ち止まる 暗く 見失った道
道しるべ 今はどこに
それは前 いや後ろ 君はどこ
下かな ううん上 感じてる
もう二度と 迷わないように
進み行こう 広がる世界を 憧れは いつもそこにある
羽ばたこう 遮る壁を 飛び越えて
顔上げて 七色の光の あふれる場所に立てるように
また一歩 もう一歩 強く踏みしめて
飛び出そう まだ見ぬ世界に 装いも新たな自分で
駆け抜けよう 遮る壁を 乗り越えて
追いかけて はるか遠い場所の 憧れの背中に届くように
手を伸ばし つかみ取る 輝くその光を
***
ルナは、きっちりと自分の新曲を歌いきっていた。
イリスが気が付いたとおり、これはルナが今まで経験してきたことをぼんやりと歌にしたものだ。
そして、その歌の届け先こそ……。
静まり返っていた会場だったが、しばらくすると大きな拍手と歓声が沸き起こっている。それだけ、ルナの歌に共感してくれたということだろう。
かなり大きな反響に、ルナも満足そうに手を振って応えている。
「では、お待たせいたしました。事務所のアイドル勢ぞろいによる、フィナーレと参ります!」
やりきった感じのルナは、高揚した気持ちでマイクを持っていない右手を高く掲げ、ステージ裾へと体を捻りながら手を向けている。
イレギュラーなことしてもどうにか対応してしまうあたり、アバター配信者として鍛えられてきたルナだからこそだろう。
こうしてステージ上に事務所のアイドルが全員勢ぞろいしての、フィナーレとなる歌唱が行われる。
それが終わると、会場に向かって一礼をして、手を振りながら順番にステージ裾へとはけていく。その間から、観客たちからはアンコールの声が上がっている。
「お疲れ様、ルナちゃん。それじゃ、私が最初に一曲歌ってくるから、控室でゆっくり休んでてちょうだい」
「えっと、僕は……?」
「君は未成年だ。二十二時以降の労働はできない。もう時間的にギリギリだから、そのまま休んでいるといい」
「そうだぞ。勝手な一曲を挿し込んだんだし、ゆっくり休んでな」
「分かりました。そうさせていただきます」
ルナは十七歳であるので、法律という壁がある。時間的にはまだ二十分くらいあるものの、下手にアンコールに応えているとオーバーする危険性があるのだからしょうがないだろう。
自分のマネージャーであるキマと、イリスのマネージャーである環に付き添われて、ルナは控室へと戻っていった。
「まったく、自分で作詞をしているとは驚かされたわね」
「えへへ」
環に言われて、ルナはにへらと笑いながら頭を擦っている。その笑顔は、まさにしてやったりといったところだろう。
「キマさんを通じて、社長さんたちには伝えてましたよ。だから、バンドのみなさんは演奏できたんですよね」
「確かにそうね。私たちの誰にも気づかれずに実行しているとは、本当に大した子だよ、君は」
褒められたルナは、ずっと照れくさそうにしている。
そこに、アンコールのトップバッターを務めたイリスが現れる。
「ルナちゃん、ちょっとおいで」
「えっと、イリスさん。なんなんですか?」
「いいからいいから」
訳も分からず呼び出されるルナは、キマと環の方へと視線を向ける。ところが、二人とも笑顔を見せるだけで何にも答えてくれなかった。
あまりにも状況がのみ込めないルナだったが、結局イリスに引っ張られるがままに控室を出ていくことになってしまう。
まったく何が起きようとしているのか。知っているイリスのことだから心配ないとは思うものの、どことなく不安を覚えるルナなのであった。




