第593話 高二冬の終業式
今日はクリスマスイブ。
学校は二学期の終業式であり、満は翌日のコンサートのために東京へと旅立つ。東京に向かうための準備は、すでに前日に終わっている。
朝、教室に集まった満は、風斗と香織に声をかけられた。
「よう、おはよう」
「おはよう、満くん」
「うん、おはよう」
先月の一件以来、三人は一緒に登校をしていない。最初は顔を合わせづらかっただけだったのだが、そのままなあなあで続いてしまっているのだ。
「明日か、いよいよ」
「私、応援してるからね。あっちが用事があるから、見られるかどうかわからないけれど」
「そもそもチケットも持ってねえだろ。見る見れない以前の話だぞ」
香織の話す内容に、風斗が冷静にツッコミを入れている。この指摘を受けて、香織は不服そうに頬を膨らませている。
二人の様子を見て、満はつい笑ってしまう。
「そういえば、満」
「なあに、風斗」
「小麦さんには、チケット贈ってるのか?」
「えっ?」
風斗から急に尋ねられた内容に、満は顔を赤くして驚いている。実に分かりやすい反応だ。
「こ、小麦さんには……、イリスさんから贈ってもらってるよ。近くに住んでいるし、先輩後輩だから気兼ねないし……」
風斗たちから視線を逸らしながら、満は少し小声になって話している。
「なんだ、自分で贈ったんじゃないのか。まったく、自覚が足りないんじゃないのか?」
「う、うるさいなぁ……。ぼ、僕だっていろいろ大変だったんだから」
満は肩ひじを張って文句を言っている。
実際、最近のスケジュールはめちゃくちゃだった。
コンサートの仕事があることが分かったのがほぼ一か月前のことだ。出番は三曲だけとはいえど、ひとつは事務所所属のアイドル全員での歌唱を行う曲。今までの二曲もコンサートとなるとパフォーマンスに変更があったりといろいろな要求が飛んできた。そりゃ、チケットを贈ることを失念するはずである。
チケットのことは結局最後まで忘れてしまっていたのだが、一応コンサート用のパフォーマンスはすべて叩き込めた。吸血鬼の力を得た満は、本当に頑張ったのである。
「そういえば、終業式後すぐ出発だっけ?」
「うん。キマさんと一緒に電車でね。車での移動も考えたけど、結構雪降ってるみたいだから」
「ああ、そりゃ怖えな」
三人はそろって窓の外を見る。満たちの街にも、結構な量の雪が降っている。
ホワイトクリスマスというのは幻想的でいいものだが、許容できる量というのにも限界はあるのだ。
「まっ、新幹線なら多少の雪じゃ止まらねえもんな。しょうがねえか」
「うん、しょうがないんだよ」
そんな話をしていた中、満がポンと手を叩いている。
「そうだ。忘れないうちに渡しておくね」
満はカバンの中から何かを取り出す。それは、薄っぺらい紙切れのようだ。
「はい、明日のコンサートのオンライン視聴チケット。友だちにも見せたいからって頼んでたら、送ってもらえたんだ」
「おっ、サンキューな」
「よかった。これで私も見られるんだ」
「えへへへ。見る時は、そこに書かれているパスコードを視聴ページに打ち込んでね」
ようやく満はにこにことした笑顔を見せていた。
香織の告白の一件以来、ちょっとぎくしゃくしていた三人の関係も、ようやく元通りになりつつあるようである。
終業式の日を、どうにか楽しく過ごせた三人なのである。
そして、終業式が終わると、家に戻ってきた満は一度お風呂に入っていた。
「よしっ」
さっぱりとした満は、気合いを入れると光月ルナに変身する。
これから、明日のクリスマスコンサートのために東京へ移動するのである。
雪が舞う中出かけるので、しっかりと防寒対策をした上で、満は出迎えを待つ。
しばらくすると、家の前に車が到着する。車から降りてきたのは、マネージャーのキマと小麦の父親だった。
「それでは参りましょうかね」
「うん。小麦さんのお父さん、駅までお願いします」
「ああ、街の中心駅でいいんだよな?」
「はい。電車が動いているので、それで構いません」
送り届け先を確認した小麦の父親は、こくりと頷く。助手席にキマが乗り込み、満は後部座席に荷物とともに乗り込む。立った数日の滞在とはいえど、結構な量の荷物だ。
満は母親に見送られながら、家を出発する。
よく思えば、アイドルとしてはこれが地元以外での初めてのイベントだ。生身の状態で大勢の人たちの前に立つというのは、配管工レーシングの世界大会以来。今さらながらに、満は緊張感を覚える。
「なぁに、今まで通りやっていれば大丈夫だよ。娘の選んだ相手だ。このくらいの緊張感、ものともしないと信じている」
「おじさん……。さすがに買いかぶりすぎですよ」
運転席に座る小麦の父親からの言葉を受けて、満ははにかみながら言葉を返している。だが、この言葉でちょっと緊張がほぐれたようだった。
駅に到着して、芸能事務所の社長との待ち合わせとなる場所の最寄り駅までの切符を購入する。
改札に立った満とキマは、小麦の父親と向かい合う。
「それじゃ、頑張ってきてくれ。無事に駅まで送り届けたと、君のご両親には報告しておくよ」
「はい、ありがとうございました。僕、頑張ってきます」
「では、ここからは私にお任せ下さい」
「ああ、頼んだよ、キマ」
小麦の父親と別れ、満たちは改札からホームへと移動していく。
アイドル光月ルナ、いよいよ東京への旅立ちだ。




