第590話 熱い季節
時は十二月に入る。
期末試験も終わった日曜日のこと、香織は打波先生に連れられて、Vブロードキャスト社に向かっていた。
「はぁ……」
香織が盛大なため息をついている。
「また、ずいぶんと大きなため息ね、花宮さん」
「先生。しばらく友人と会えてないんですから、しょうがないじゃないですか」
「ああ、空月くんのことね」
「ひゃいっ?!」
ため息ばかりな様子を咎められて、香織が言い訳をしている。
だが、そこから誰が原因かということを言いあてられて、香織は驚きで背筋をピンと伸ばして固まってしまう。
あまりにも分かりやすい行動をするものだから、打波先生はおかしくて笑ってしまう。
「え、えっと、打波先生。もしかして、私のこと、見てました?」
「まぁね。ブイキャスとしては同期ですし、学校ではクラスの担任ですよ? 分からないとでも思ったのですかね」
「あううう……」
全部把握済みになっていたことを聞かされて、香織は恥ずかしくて顔を真っ赤にして下を向いてしまう。
「でも、空月くんもすごいものですよね」
「えっと……」
「だって、あからさまに好意を向けられ続けているのに、まったく気が付かないんですもの。ちょくちょく様子を見ていましたけれど、微笑ましくて楽しませてもらいましたよ」
「も、もう、打波先生ってば!」
からかわれ続ける香織は、さすがに少々ご立腹のようである。
ところが、打波先生は大人の余裕でそれを躱している。同じVブロードキャスト社の第四期生としていくらか過ごしていたということもあって、香織のことは大体把握できているので、これだけの対応ができるのである。
「でも、空月くんとは会えていないっていうのは、どういうことなのかな」
「あっ、えっと、その……」
打波先生に聞かれた香織だが、なんて答えればいいのか戸惑ってしまう。
それというのも、満がアイドルの光月ルナだなんていえるわけがないので当然だろう。そもそも、人間が性別を自由に変えられること自体がおかしなことだ。正直に答えれば、相手が一人だとしても大問題になりかねない。香織はものすごく迷った。
答えに窮している香織を見て、打波先生は複雑な事情があるのだろうと悟った。
「言いづらいのならいいわ。とりあえず、空月くんは今忙しいというわけね」
「ええ、まあ、そういうことです」
打波先生の解釈に、香織は全力で乗っかる。
「でも、そんなに心配しなくてもいいんじゃないかしらね」
「えっ」
すぐさま続いて飛び出してきた言葉に、香織は驚かされている。
「こちらから干渉できないことであるのなら、それはそっとしておく方がいいわよ。遠くから成功を祈るくらいで十分。気にし過ぎては、自分自身にも影響は出るし、相手にもよからぬ影響を及ぼすことだってあるからね」
さらに続けられる打波先生の言葉に、香織は考えさせられている。
それもそうだろう。自分はこれからVブロードキャスト社のアバター配信者『黄花マイカ』として配信を行うことになるのだ。会えないからといって満のことを気にしすぎて、自分の配信でやらかしてしまうわけにはいかない。
香織は膝の上で両手をぎゅっと強く握りしめる。
香織の行動に気が付いた打波先生は、少し安心した表情を浮かべている。
「そうそう。自分のやることに集中よ。そろそろ到着するから、しっかり気持ちを切り替えてね。今日は久しぶりにぴょこまいがそろって、私も配信に加わるんですからね」
「はい!」
打波先生の呼び掛けに、香織は元気よく返事をする。
二人はそのまま、今日の配信のためにVブロードキャスト社目指して移動を続けたのだった。
その頃、当の満は……。
「くしゅん!」
盛大なくしゃみをしていた。
「ルナちゃん、風邪?」
「いえ。多分、僕のことを誰かが噂していたんだと思います」
「そう、それならいいけれど」
様子を見に来ていたイリスに心配されながらも、満は次の仕事に向けての準備を入念に行っている。
光月ルナとしての次の仕事は、クリスマスに行われるコンサートだ。イリスを含めた事務所のアイドル全員で行うというタイプのコンサート。
満は学校の関係で当日入りとなるため、他の人とまったく合わせられないため、出番は最初の前座と最後の勢揃いのパートだけである。
終了は二十二時よりも前なので、未成年である満も問題なく最後まで参加できるというわけだ。
だが、このコンサートはアイドル『光月ルナ』として初めて参加する、事務所勢揃いの大規模なイベントだ。失敗はできないと、満もかなり気合いが入っている。
一生懸命レッスンに励む満の姿を、イリスはじっと、環やキマと一緒になって見つめている。
「まったく、いくら後輩が心配だからといっても、仕事蹴ってまで見に来なくてもいいじゃないですかね」
「しょうがないじゃないの、心配なんだから」
「仕事の穴を埋めるマネージャーである私のことも心配して下さいね」
「わ、悪かったわ」
環にしっかりと叱られたイリスは、ちょっと不機嫌になりながら最終的には謝っていた。
イリスたちの見守る前では、今も満が光月ルナの姿で必死にレッスンを行っている。出番は自分の持ち歌と全員歌唱だけではあるものの、コンサートであるために気は抜けない。そのため、入念なレッスンが行われているのだ。
コンサートまではもう二週間。
満にとって忘れられない冬がもうそこまで迫ってきていた。




