第588話 最後の爆弾
香織が帰ってしまい、部屋の中で二人になってしまった満と風斗。なんとも気まずくて二人とも何も言えないで立っている。
満は袋を持ち上げると、風斗に声をかける。
「僕も帰るよ。僕は自分の気持ちがはっきりと分かったし、香織ちゃんとのこともきちんと決着したからね」
部屋を出て行こうとする満だったが、袋を持っていない右手をがっちりとつかまれる。振り返ると、風斗が手首をつかんでいた。
「待てよ。俺との話は終わってない」
「僕たちは親友同士でしょ。何を話しするっていうんだよ」
風斗が強く腕を握っているせいか、満はちょっと怒ったような声で言っている。
ところが、風斗はその手を離そうとしない。
「俺の気持ちは……、俺の気持ちは聞いていかねえのかよ!」
風斗は少し下を向きながら、満に対して訴えている。
満の方はどういうことなのかまったく分からずに顔をしかめてしまっている。満にとって、風斗はただの幼馴染みで親友でしかないからだ。
その風斗に、少し強い力で腕を握られている。満は少し痛く感じている。
「まったく、そんな姿だっていうのに……。花宮との話で、俺の方のことは何も気にならなかったのかよ」
「僕と風斗は男同士じゃん。香織ちゃんと話をしたような内容なら、僕たちは同性同士ってことになるじゃんか」
「お前、今の自分の姿でよくそんなことが言えるな!」
不機嫌そうな感じで返している満だが、さすがに風斗は我慢ならなかったのか、顔を上げて満の目を見て訴えている。
その時の風斗の表情を見て、満はびっくりしている。
「風斗、なんで泣いているの?」
そう、泣くところなどほとんど見たことのなかった風斗が泣いているのだ。満にとっては衝撃的なことである。
「まったく、本当にお前は他人からの好意には鈍いんだな。香織や小麦さんだけじゃねえ、俺からのこともな」
「えっ、風斗……。本当に僕のことを好きだったっていうの?」
「ああ、そうだよ、悪いか!」
困惑気味に返す満に、風斗ははっきりと答えていた。
「女になった満を初めて見た頃からずっとさ。満は男同士のつもりで接しているんだろうが、そんなことをされて平気な男がいると思うのか?」
「い、いや、僕には……分からないな」
「ああ、本当に鈍すぎる!」
思わずつかんでいた手を離して、両手で頭を抱える風斗である。
満は幼馴染みからの感情にとことんまったく気が付いていなかったのだ。風斗が嘆くのも無理もない。
満はどうしたらいいのかまったく分からずに、ドアの前でおろおろしてしまっている。
「ふ、風斗。悪いけれど、僕は小麦さんのことが好きなんだ。風斗の気持ちにはその……応えられないから!」
もうどうしたらいいのか分からなくなった満は、ドアを開けて逃げるようにして風斗の家から出て行ってしまった。
部屋の中には、いろんな感情が入り混じって顔をくしゃくしゃにした風斗だけが取り残されている。
さすがに今の顔を家族に見られるわけにはいかないと、風斗はどうにか部屋のドアを閉めて、もたれかかるようにして座り込む。
「……やっちまったかなぁ。花宮につられるようにして気持ちをぶつけちまったが、その時のあいつの顔を見たら……。はあ……」
風斗はそのまま、自分の部屋の中でしばらく反省するかのように座り込み続けたのだった。
その頃の満は。
「ただいま! 僕、もう寝る!」
「おかえり。って、えっ?」
頭がすっかり混乱している満は、家に帰るなり自分の部屋に飛び込んでいた。そして、寝ると宣言した通り、律儀に布団を敷いて中に潜り込んでしまった。もちろん、服装はチャイナドレスのままである。
一日の間に、幼馴染み三人のそれぞれの気持ちを知ることとなった満は、頭の中が混乱していた。
香織は満のことが好き。
風斗も満のことが好き。
だけど、満自身が好きなのは小麦。
「ああ、香織ちゃんと僕の気持ちはわかるんだけど、風斗の気持ちがまったく理解不能だよ。なんで僕なんだよぉ……」
満は現実を直視できないようだ。
「うわぁ……。これ、明日どういう顔で学校行けばいいんだよぉ……。うわぁ」
布団を頭からかぶりながら、満は手足をバタバタとさせている。
最後の風斗とのやり取りのせいで、完全に満は落ち着きを失っている。
「満ー。お昼は満の好物のから揚げだけど、要らないの?」
部屋の扉が叩かれて母親が呼ぶ声がする。唐揚げという単語に、満の耳がぴくりと動く。
「食べる」
むくりと起き上がり、満は部屋の扉を開ける。さすがに好物には勝てなかったようである。
「まあ、なんて格好をしているのかしら」
「ごめん、ちょっと着ることになっちゃったからそのままなんだ」
「似合っているわよ、満。私も若い頃なら似合っていたかなぁ」
「何を言っているの、お母さん。よかったあげるよ。修学旅行のお土産だし」
「そう、ありがとう。でも、それはやっぱり満が持っていなさい」
母親にチャイナドレス姿を見られて少し会話をすると、満の気持ちはちょっと落ち着いたようだ。
その後、母親と少し会話をした満は、完全に落ち着きを取り戻していた。
なるべく普段通りを心がけよう。満はふんすと気合いが入っていた。
さすがこういう時は大人の助言というのは効果的。
ただ母親は、満も大人になっていくのを喜ぶと同時に、その複雑な状況にちょっと不安な気持ちを抱えたのだった。
はたして、満の交友関係はしっかりと解決するのだろうか。




