第587話 つらい再認識
修学旅行は無事に終わった。
帰ってきた当日と翌日はフリーな日。
そんなわけで、その代休の日、満は風斗に呼び出されていた。
「って、なんで女の姿で来なきゃいけないんだよ」
「私も呼ばれてるわよ」
「うわぁ、香織ちゃん?!」
風斗の家にやってきた満だったのだが、直後に香織も顔を出したことでものすごく驚いている。
「なんで女の子なのよ、満くん」
「風斗から言われたんだ。それと、なんかこれも持ってくるようにって」
「あらっ、それって?」
満が手に持っていた紙袋を見て、香織は何度もまばたきをしている。その紙袋は、見覚えがあったからだ。
忘れもしない、長崎市内での自由行動の際、満が持っていた紙袋である。
「うん、あの時の服。さすがに着てくる勇気はなかったよ」
「よねぇ……」
その瞬間、香織は風斗は何を考えているんだと思ったようだ。
とはいえ、いつまでも外にいるわけにもいかないので、二人は風斗の家に入っていくことにした。
家に入るなり、服を着替えてくれと風斗が頼んでくるので、満は嫌そうな顔をしながらも渋々了承していた。
満があの時のチャイナドレス姿になると、風斗は思わず顔を真っ赤にしてしまっていた。
「風斗ぉ~?」
その恥ずかしがる様子を見て、満はジト目を向けてしまう。自分で言っておきながらその態度はないんじゃないかという訴えである。
「み、満。ああ、悪い。……にしても、よくそんな服を買って花宮と話する気になったな」
「しょうがないでしょ。男のままだと話しづらかったし、でも、女になると服はないし。精一杯考えた結果だよ」
「私は満くんの気持ちはすごくわかったなぁ。振られたのはショックだけど、やっぱり好きになった満くんだなって」
「香織ちゃん……」
なんとも三者の間の空気の温度差がずいぶんと違う。自分の部屋だというのに、なんともいえない疎外感が風斗の周りに存在している。
「これで付き合ってねえとかいうんだから、世の中恐ろしいな」
「風斗」
「村雲くん、ちょっと無責任」
頭の後ろで手を組みながらぽつりとつぶやけば、満と香織の双方からじっと睨まれる風斗なのである。
「おおっ、こえぇ……」
普段は温厚な二人の本気の睨みに、風斗はびびってしまっていた。
「とりあえず、村雲くんのことは放っておきましょう」
「そうだね」
「おい、ここは俺の部屋だぞ」
「関係ないわよ」
二人の態度に慌てる風斗だったが、香織に一蹴されてしまう。
なんというかその時の香織の気迫に押されて、風斗は思わず黙り込んでしまった。
「で、満くん」
「なに、香織ちゃん」
風斗が黙り込んだのを確認した香織は、満へと話を振る。
「小麦さんとはどういう感じなの?」
「えっと……。実は、告白されてるんだ」
「えっ……」
小麦との関係を問い詰められた満は、正直に答えてしまう。思わぬ答えに、香織は思いっきり固まってしまった。
「告白されてるの? えっ、いつ?」
「いやぁ……。実は何度もされてるし、キスだって、うん……」
「はあっ?!」
恥ずかしそうに答える満を見て、香織は普段からじゃ考えられないような驚きの声を上げていた。
そう、少なくとも満は三回小麦から告白されているのだ。なんとも衝撃的な話だからこそ、香織がここまで驚くのである。
「うそっ。そこまでされててなんで付き合ってないの? 満くん、さすがに鈍感じゃ済まされないわよ、それ……」
「や、やっぱりそうなのかな……」
「そうよ。はぁ、小麦さんが忍耐強い人で助かってるわよ、それ」
改めて満の度を越えた鈍感さと、小麦の忍耐力を認識させられる話だった。
「やっぱり、僕って酷い人だったのかな」
「酷いどころか、普通は嫌われるって……。満くんの人の好さのおかげじゃないかな、ホント」
頬をかきながら視線を逸らすようにしながら話す満に対して、額にぺちっと手を当てながら呆れかえる香織。蚊帳の外に放り出された風斗も、さすがにどう反応していいのか困っている。
香織は視線を逸らした満の正面に向かい、がっちり両手で満の顔をつかむ。そして、しっかりと満の目を見て問いかけている。
「満くんは、小麦さんのことをどう思っているの。いい加減に、自分の気持ちをしっかりと認識しなさいよ。私たちみたいに振り回し続ける気?」
「あ、う、香織ちゃん、怖いよ」
「今すぐはっきりさせたら、やめるから」
「うー……」
鬼気迫る香織の様子に、満もいよいよ観念したようである。
一度視線を下にずらしたかと思うと、再びしっかりと香織の方を見る。
「レニちゃんとして憧れたのが最初だよ。ルナさんとのことでつながりもできたし……。うん、一緒にあれこれやってて楽しいのは、事実だよ」
小麦とのことを思い出しながら、満は改めて自分の気持ちを見つめ直している。
「そっかぁ。これが好きっていう気持ちなのかな。特別な……」
小麦とのことをいろいろと思い出して、満は段々照れたように顔を赤くしていっている。その様子を目の前で見せられて、香織はなんだか寂しい気持ちになっていく。
幼馴染みとして思い続けた相手が、別の誰かに惹かれているのだ。寂しいような、裏切られたような、なんともいえない複雑な感覚である。
分かっていても、改めて目の前で認識させられると、それはとても心の痛む話である。
「うん、僕は小麦さんのことが好きなんだ」
「そっか……、うん、分かったわ、満くん」
香織はそっと満の顔から手を離す。
「その気持ち、大切にしてよね」
そういって、香織は部屋から出ていこうとする。
「花宮!」
「ごめん、今は一人にさせてちょうだい。それじゃ、また学校で」
風斗が呼び止めるも、香織はそのまま部屋を出て家に帰ってしまった。
なんとも気まずい雰囲気が漂う中、部屋の中には満と風斗が残されたのだった。




