第526話 アイドルデビュー
夕方の四時を迎える。
いよいよ、”アイドル”光月ルナのデビューである。
ルナの出番は、前座に一曲と、イリスの楽曲の内、アンコールを含めた三曲でのバックダンサーだ。
イリスの楽曲はある程度頭に入っているので問題はない。最大の問題は、最初に自分だけで歌うことになるデビュー曲だ。
このデビュー曲、満の手元に送られてきたのは、一週間くらい前のことだった。歌詞と音楽や振り付けの入ったDVDが唐突に届けられたのだ。
一緒に入っていた手紙には、『君のデビュー曲だ』とだけ書かれていた。はっきりいって、こんなのでいいのかと思った。
困った満は、すぐさまイリスに連絡を入れて愚痴をこぼしていた。そしたら、これが事務所の日常だという言葉が返ってきたらしい。
満はしばらく固まってしまった。はっきりいって無茶苦茶だからだ。
とはいえ、アイドルとしてデビューするからにはやってやると、満は今日まで必死に練習してきた。
その成果が、今、試されようとしている。満の緊張は、実に最大限まで高まっていた。
「イリスさん、ルナさん、お時間です」
「はいぃっ!」
スタッフの人が呼びに来ると、満は過剰な反応を見せていた。これにはイリスもスタッフも、目を丸くして驚いてしまっていた。明らかな過剰反応だったからだ。
「落ち着きなさい、ルナちゃん。そんな状態じゃ、この後が心配よ」
「す、すみません。ソロでの舞台なんて、初めてですから」
イリスに落ち着くように言われたルナは、胸に手を当てながら言い訳をしている。
その様子を見ながら、イリスは自分の初ステージのことを思い出す。初めてとなると、イリスも同じように緊張したものである。
ただ、自分の時はこうやって言ってくれる人物が、マネージャーである環だけだった。そのことを思うと、分かってくれる先輩がいるというのは、恵まれたものだなと思うイリスなのである。
何度も深呼吸をしたルナを連れて、イリスたちは舞台裾へとやって来る。
地元出身とはいえど、全国的に見ればマイナーなアイドルのステージとはいえど、会場にはあふれんばかりの人たちが集まっていた。ゴールデンウィークとはいえど、みんな他に行くところはないのだろうか。そう思ってしまうくらいである。
司会が登場し、会場内にルナの名前が響き渡る。
さすがにアバター配信者『光月ルナ』の名前は世界規模で響き渡っているゆえに、その名前が呼ばれた時には結構な反応があった。
「さぁ、行ってらっしゃい、ルナちゃん」
「は、はい。行ってきます」
イリスにポンと背中を押されたルナは、こくりと頷いていた。
前奏が流れ始め、アイドル衣装に身を包んだルナがステージに上がる。
目の前には数百人くらいの観客が集まっている。さすがに商店街に設置された小さなステージだ。人数が少ないのは仕方がない。
だが、この程度の人数が相手でも、自分一人だけでステージに上がったことは初めてなルナには、かなりの圧迫感があったようだ。マイクを持って立つ足は、がくがくと震えてしまっている。
(どうしよう、すごく怖い……)
今まではイリスやバックダンサーたちがいたので、多少気が楽だったのだが、いざ一人となると、ルナはかなりの恐怖感を感じてしまっているようだった。
だが、もう少しで前奏が終わってしまう。
「ルナーっ、しっかりしろーっ!」
その時、聞き覚えのある声が響き渡る。
向けた視線の先にいたのは、幼馴染みである風斗と香織の姿だった。二人も応援に駆けつけてくれたようだ。
二人の姿を見つけた満は、気持ちを引き締め直す。
(そうだ。僕は一人じゃないんだ)
応援されていることをしっかりと認識したルナはしっかりとマイクを握り、デビュー曲を歌い始める。
さっきまでの緊張はどこへやら。実にのびのびと丁寧にしっかりと、振り付けも歌もルナはこなしている。
一番を歌い終わって、これで終わりだと思ったルナだったが、なんということだろうか、音楽は終わらなかった。
なんと、前座でありながらいきなりフルコーラスだった。戸惑いながらもルナは、しっかりと二番以降もこなしていた。
歌い終わったルナは、観客に対して頭を下げる。
そこへ、イリスが拍手をしながら近づいてきた。
「デビュー曲、お疲れ様でした。いや、ドッキリでフルコーラスに変更したんですけれど、しっかり歌いきりましたね。さすがは私の後輩になる子です」
「えっ?」
どうやら黙ってフルコーラスに切り替えたのはイリスが犯人だったらしい。ルナは思いっきり表情を引きつらせていた。
「私の後輩で、2.5次元アイドルとなる光月ルナのことを、みなさんもどうぞよろしくお願いしますね」
ルナのことをしっかりと紹介したイリスは、会場へと向けてウィンクをしている。
それと同時に、会場中から拍手が沸き起こる。
予想もしていなかったルナは、しばらくその場で呆然としていた。
「さて、ここからは私のミニライブのスタートです。ルナちゃんにはあとで再登場して頂きますので、しばらくは私の歌と踊りをご堪能下さい」
イリスがこういうと、バックダンサーが出てきてルナを舞台裾へと下がらせていく。
盛り上がりが最初から最高潮の中、イリスのミニライブの本番が始まったのだった。




