第525話 デビュー当日
あれよあれよという間に、ゴールデンウィークを迎えてしまう。
今年の市のイベントは、五月三日から五日の三日間、駅前の広場で行われる。満が参加するのは、四日と五日のイベントである。これが、”アイドル”光月ルナとしての最初の仕事だ。
当日は、イリスやバックダンサーの人たちもいるので、別に一人ではない。ただ、バックダンサーの人たちとは去年までのことがあるので、少々ばかり気がかりになる満である。
ゴールデンウィーク中は女の姿で過ごしている満は、仕事の日を迎えるといつも以上に気合いを入れて準備をしている。
吸血鬼であるルナ・フォルモントの影響を受けた蒼銀のストレートの髪は、今日もまったく軽くブラシで梳くだけで整ってしまう。
服装は、アイドルをすることが決まったことで母親が気合いを入れて選んだ服を着ている。現地でどうせ着替えるというのにと思っていた満だが、普段からちゃんとした服を着なきゃだめと、母親からがっつり怒られてしまっていた。
ちなみにこの日の満の服装は、シースルースリーブのブラウスに、ふわっとしたスカートが特徴のキャミソールワンピースである。靴も足を傷つけてはいけないとブーツを履かされたものだが、可愛らしさをアピールするものが選ばれていた。母親はどこまでも本気である。
「さあ、行くわよ、満」
「あ、うん、お母さん」
準備のできた満は、母親の運転する車に乗って、イベント会場まで向かっていくこととなった。
リハーサルもあるために早朝の出発だったこともあり、満は早い時間に会場入りができた。
「おはようございます」
会場にやってきた満は、控室までやってくると頭を下げて挨拶をしている。
「おや、みち……じゃなかったルナちゃん、おはよう」
控室にはすでにイリスがやってきていた。挨拶をされたので返そうとするも、うっかり本名で呼んでしまいそうになり、慌てて言い直している。
それにしても、出番を考えれば、本当に早い会場入りである。
「イリス先輩。今日はよろしくお願いします」
「うん、私の前座で一曲だけとはいっても、今日はルナちゃんのデビューだからね。心に残る素敵なステージにしましょうね」
「はい!」
イリスに言われて、満は元気よく返事をしている。
「それにしても、ちゃんと朝一に来たんですね。出番は夕方のステージの一曲だけだといいますのにね」
そこへ、環がやってくる。
一応、光月ルナのマネージャーも兼任しているので、顔を見せに来たのだ。
「一曲だけとはいいましても、みなさんとの打ち合わせがあるんです。普段は僕だけは別の場所で活動しているわけですから、こればっかりは仕方ないんです」
「殊勝な心掛けね。それじゃ、早速顔合わせをしましょうか」
「はい」
イリスとの顔合わせを終えた満は、環と一緒に、体育館へと移動する。
移動した部屋には、イリスのバックダンサーを務める女性たちが待っていた。
ただ、やはり過去のことからか、あんまり満に対していい感情を持っていないらしく、バックダンサーたちは満のことをじっと睨んでいる。
「はいはい、みなさん。仕事なんだからもうちょっと割り切って下さいね。社長も期待の有望株なんですから、ここで仕事をさぼると、社長の不興を買ってしまいますよ」
「ぐぬぬぬ……」
環から注意されると、バックダンサーの人たちはなんとも不服そうにしていた。
「あ、あの、本日はよろしくお願いします。僕のことは気に入らないかもしれませんが、僕にはみなさんが頼りなんです」
満は精一杯に頭を下げている。折り目正しく頭を下げている満の姿に、バックダンサーの人たちは戸惑いを隠せない。
だが、いつまでもこうやっているわけにもいかないので、環が手をパンパンと叩いている。
「それでは、夕方の本番に向けて、練習を始めましょうか。なにせ、ルナちゃんに関しては、今日やっと合わせられるわけですからね」
「はい。みなさん、よろしくお願いします」
環の言葉を受けて、満はもう一度頭を下げる。その殊勝な姿を見せられては、さすがのバックダンサーたちも折れたようである。
「ま、まあ、そこまで一生懸命頼むのならね」
「あたしたちも仕事ですからね」
「失敗しないように頑張りましょう」
「はい!」
バックダンサーの一人が満に声をかけると、満は両手を握って笑顔を見せて返事をしていた。
そのなんとも無垢な笑顔に、バックダンサーたちは思わず見とれてしまうのだった。
魅了の力はコントロールできるようになったはずなのだが、満の無意識のたらしは有効のようである。
こうして、夕方から行われるイリスのミニライブに向けて、満とバックダンサーたちの合わせが始まった。
途中、昼食を挟んだり、トークショーが入ったりしたものの、絶対に成功させるんだという意気込みで、ほとんど休憩も挟まずにぶっ通しで行われた。
時計は夕方の四時を回る。
「よし、ここら辺で休憩をしましょう。このまま続けては、息が上がったまま本番を迎えなければならなくなりますからね」
「は、はい」
満もバックダンサーたちも、全員が疲れた表情を浮かべている。それだけ、本番に向けて必死だったことが見て取れる。
「お疲れ様。はい、飲み物の差し入れよ」
全員が必死に呼吸を整えているところへ、一人だけ息の乱れていないイリスが飲み物を持ってきていた。
満たちは飲み物を受け取ると、ごくごくと飲み干すような勢いで飲んでいる。
その様子を見て、イリスはにっこりと微笑んでいる。この様子なら、デビューは問題なさそうだと。
ミニライブの時間まであと三時間。
満たちはしっかりと準備を整えるため、イベント会場の控室に移動してゆっくり休むことにしたのだった。




