欠落した心の在処
瑤華が目覚めたのは、戦いから5日後の朝だった。
「瑤華ちゃん!良かったぁ…」
「……ごめん、なさい」
「瑤華ちゃんが謝る事なんて何も無いよ!」
今の瑤華は生きた心地がしないだろう。
沢山の仲間が死に、ペネットとマリアすら喪ってしまった。
更には、大好きなユイナは隣のベッドでまだ眠ったままだ。
発狂していないだけマシだろうが……。
「……アヤネは無事?」
「うん。こっちに来てからずっと鍛錬してるけど、躰は大丈夫みたい」
「呼んで来て貰える?」
「う、うん……他の人にも伝えて来るね!」
慌しく結美が部屋を後にする。
それを確認した瑤華は、ベッドの上で蹲り耳を抑えた。
「……るさい」
呟く。
「うるさい…」
呟く。
「うっさい黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れえッ!!!」
叫ぶ、ユイナが眠ってるのもお構い無しに叫ぶ。
脳に直接響く声は、叫ぼうが何をしようが頭の中で不協和音を奏でる。
『来い』
『こっちに』
『欲しい』
何故か芽生える使命感。
自分の感情と思考が乖離していく感覚に吐き気を覚えるが、残念ながら瑤華の耳にはこちらに向かう足音が聞こえてしまった。
努めて平静に……瑤華はいつも通りに弟子を迎える準備をした。
◇◇◇◇
瑤華が目覚めてたったの数時間、今度はユイナが目を覚ます時が来た。
「んにゅ…」
「ッ、ユイナ!」
大きな欠伸をしてキョロキョロと周囲を見回すユイナに、瑤華は半ばパニックになりながら声を掛けた。
「大丈夫!?痛い所は無い??」
「…えっと……」
「?」
「……お姉さん、誰?」
「…………………………………は?」
「ここはどこなの?それにボク……いつの間にこんなに大きくなったの!??」
目の前が真っ暗になった……なんて表現があるが、今の瑤華はまさにソレだ。
情報が処理し切れない……もっと言えば、何故自分がそうなったのかも理解らない。そんな、漠然としているようにみせて強烈な絶望が、ただ瑤華を支配していた…。
「な、泣いてるの?大丈夫??」
「…ぁ……」
ユイナが困惑するのもまた当然だ。
見知らぬ女性に声を掛けられたと思ったら、唐突に虚ろな眼をして音も無く泣き始めたのだから。
「泣かないで…!」
「……ごめんなさい、すぐに医者を読んで来るから」
そう言って、逃げるように病室を出た。
いや、逃げるようにではなく逃げ出したのだ。命を賭けても釣り合わないくらいに大好きな人が記憶を失った……その事実に、磨り減った瑤華の心は耐え切れなかったのだ。
◇◇◇◇
瑤華がアリアを呼び、すぐさま精密検査が行われた。
そして病室に呼ばれた瑤華は、アリアからその内容を聞く事になる。
「検査の結果を、お伝えしますね」
「……はい…」
「こちらを」
────────
名前:ユイナ
種族:人間族
Lv:20
適性:全
異能:ERROR
筋力:991
敏捷:775
耐久:824
持久:720
魔力:52476
────────
「……どういう事ですか!?」
「先の戦いで、ユイナさんの持っていた勇者の力は剥奪されてしまいました。ステータスの減少はそれが原因です」
「……申し訳ありません」
「ギルドレッドまで出て来たのです、寧ろ序列下位を一掃してくれたことに感謝しています」
瑤華のやった事は、王国と革命軍のパワーバランスを大きく揺るがすモノだ。勇者の力に適合する者が現れるまでの期間を見積もってもお釣りが来る。
「身体機能は一切問題がありません。力に覚醒してから成長したステータスは力の一部として一緒に吸収されましたが、魔力は元々が高かったようですね……問題は、記憶の方です」
「ッ……戻ら、ないんですか?」
アリアは俯いたまま……ゆっくりと頷いた。
「そんな……」
「勇者の力と記憶が強く結び付いていたのでしょう。力を奪われると同時に記憶もそちらに引き寄せられたようで、彼女の中に無いモノを戻す事は不可能です……」
「どこまで、覚えてるんですか…?」
「彼女から聞いた範囲で言えば、こちらも力に覚醒するまで。日常生活には不便は無いようなのがせめてもの救い……には、なりませんよね…」
眼は見開かれているのに光を移さず、モノに当たる訳でもなければ泣き喚くでもなく、ただそこに居るだけ。
極限状態だとこうなってしまうのか……と、アリアは1周回って考察出来てしまった。
「事情は既に説明してあります……酷かと思いますが、彼女の傍に居てあげて下さい」
「…………はい……」
部屋を出て、ユイナの待つ病室へと向かう瑤華。
その足取りは重い。震えが止まらない、自分を抱くようにして歩く姿は少し前の彼女からは想像も出来なかっただろう。
たった部屋2つ分の距離を、何度も立ち止まったり、転び掛けたりしてやっと部屋の前に辿り着く。そこからまた数分、覚悟を決める為には必要だった。意を決してドアをノックする──瑤華の病室でもあるのだからノックするというのもまた変な話ではあるのだが、逆に言えばそれだけ緊張していたのだ。
「あっ!さっきの人だ!具合は大丈夫?」
扉を開けた先には、花のように笑うユイナが待ち構えていた。傍らにはアヤネとハルも居て、談笑していたらしい。
「瑤華さんが来たから私達はお暇するね」
「(コクッ)」
擦れ違いざまにアヤネが出した指文字……それは『待機』の意味だった。恐らくは『逃げるな』とでも言いたかったのだろう。弟子にまで見透かされている事に少し敗北感を抱いた。
「2人から色んな事を聞いたんだ!アナタともお話したいな!」
「……うん」
「名前はなんて言うの?」
「瑤華…、瑤華・トワイライトムーン」
「ふふっ、綺麗な名前だね!」
そう言って笑うユイナの方が綺麗だったが、そんな事を言う柄でもないから口を噤んだ。
「……あの、ボク達の関係は?アヤネさん達は教えてくれなくて…」
「……えっと…」
きっと2人は気を遣ってくれたのだろう、正直に打ち明けようと誤魔化そうと、瑤華を尊重するつもりなのだ。
「……これ、ユイナから貰ったの」
そう言って瑤華は、チェーンを通してネックレスのようになった指輪を見せた。
「これ、ボクが持ってるのと同じ……」
「私達付き合ってたんだ。いきなりこんな事言われても混乱するだけかも知れないけど……」
「……もしかして、告白したのはボクから?」
「うん……ユイナが執拗いくらい私にアピールして来て…私もそれに絆されて…」
言ってて恥ずかしい……そう思っていたら、ふわりとユイナの匂いが近くなった。抱き締められたと認識するのに、そう時間は掛からない。
「えっ、どうし──」
「なんか納得した……瑤華を抱き締めてると胸が温かくなるし、名前を呼ぶの、初めてじゃない気がする…ううん、ずっと呼んでたのかな?」
それを聞いて、瑤華は師匠であるエレナの言葉を思い出した。
『生き物は心と躰、それぞれに記憶が宿るの。心には思い出が、躰には癖が宿る』
瑤華が戦う時は躰の記憶をアテにしている。
だがそこまでに至るには、繰り返し繰り返し……気の遠くなりそうなくらいの経験を積まねばならない。
……瑤華が見ていなかっただけで、ユイナはずっと繰り返して来たのだ。
「(私の事……どれだけ好きなの…??)」
相思相愛?
馬鹿らしい、ユイナの想いの方が遥かに重くて強い。
「瑤華?嫌だった…?」
「ううん…もっとして……」
「っ、うん!」
本当は今すぐ切腹してでも謝罪したかった。
こうやって抱き締められるなんて、本当に息が止まりそうなくらい辛い。
でもそれは逃げだ。
本当に罪悪感を抱いているなら、ユイナの望むまま全てを明け渡すべきだ
「瑤華」
「なぁに?」
「ボクはきっと、瑤華が好きな瑤華じゃないと思う」
「……」
「だから、昔のボクが霞むくらい今のボクを好きになって貰うから覚悟しててね?」
そういう所が全く変わらないのだ。
我儘で、自信家で、どうしようもないくらい人を惹き付ける……それがユイナという存在なのだ。
「もうちょっと、このままで良い?」
「同じ事考えてた」
◇◇◇◇
ユイナはまだ本調子ではなく、早い時間から眠ってしまった。
瑤華がまだ鍛錬をしているであろうアヤネの様子を見に行こうと、夜の拠点を歩いていた時……
「……だ。………べきか?」
「やは……、……だ…う」
声の主は革命軍のトップ数名だった。
しかも人間族の────不穏に思って聞き耳を立てると…。
「だが死人を出し過ぎた」
「やはり見せしめは必要ではないのか?」
「だからと言って……下手をしたら瑤華を敵に回してしまうぞ」
「構わん、どうせアレは復讐に取り憑かれた人形だ」
嫌な予感とは当たってしまうもので、次に発せられた言葉に瑤華は思わず月夜魅を抜きそうになった。
「使えん駒は不要だ。理由は何でも良い、元勇者を処刑して各方面への体裁を保つぞ」




