再会
「……おい」
俺が半目でジロリと視線を送ると、シードは顔を反らして手で顔を覆った。が、見えている部分の顔が完全に笑っているし、なんなら肩がプルプル震えている。
その姿を見て女性が戸惑った表情を浮かべていた。まぁ突然目の前で吹きだされたらなぁ。
彼女に俺は愛想笑いを送りつつ、拳でシードの頭を軽く小突いてやる。
「あいたっ……ごめんごめん、竜翔さんの時と全く同じ反応だったからつい」
「竜翔?」
「あ、知人です」
思わずシードが出してはいけない人の名前を漏らしてしまったが、適当に流す。まぁ彼の事を元から知っている人間ではない限り気にされるようなことはないだろうが、一応後で注意はしておくか。
実際の所、彼女もとくに知っている名前ではなかったらしく彼の名前にそれ以上反応を示す事はなかった。
彼女は少し笑いのおさまって来たシードから目を離すと、俺を上から下へ一度見渡してから言った。
「普通中身が男性で女性のフリしてる人ってさ、わざとらしさが出るのよね。一つ一つの仕草が過剰だったりさ。でも貴女それがないから、多分喋り方さえ気を付ければ普通の人は気づけなさそう」
「あー……ギルドメンバーの女性陣にいろいろ動きを突っ込まれて矯正されてるのと」
矯正されている仕草は大股開きとか明らかにアレな仕草だけなので細かい仕草まで言われているわけでは別にないが……
「あとゲームで女性キャラクターのロールプレイとかちょくちょくしてるせいですかな……」
VRSNSとかで女性のように見られたくてロールプレイする場合、その見られたいという気持ちがあるせいか割と実際の女性の仕草とは異なる少々オーバーな動きになるケースが多い。現実的というよりはアニメ的とかそういった動きになるイメージだ。
俺はそういった感覚はないからVRSNSでそういった動きを意識してやることはないし、VTRPGでは女性PCだった場合でもそのキャラクターを演じているだけだから、仕草は気を付けはするものの大げさな動きをすることはない。
「元々適性があったという事かしら」
「違いますよ!?」
「いやでもロールプレイでそういう仕草が取れていたって事は、もともとそういう才能が……」
「やめましょうかこの話」
話を続けると自分のメンタルにダメージが入る流れになっていきそうな気がしたのでぶった切る──
いや、ぶった切ろうとしたらそこでようやく復帰してきたシードが話に参加してきた。
「リセってさ、無意識にそういう仕草する時あるけど大体は意識してるときよね?」
俺と女性が揃って何言ってるの? という表情をシードに向ける。それで自分が相反することを言っているのに気づいたのか彼女は苦笑いをしながら言葉を続けた。
「えっと、例えばさ、今みたいに初見の人とかあまり付き合いがない人の前だとリセはちゃんとした動きを意識するでしょ?」
シードの言葉に頷く。俺は日常生活の態度(例の足癖とかだ)があるので、そういったときはその辺が出ないように勿論注意は払うが……
「そういったちゃんとした動きを意識している時に、無意識にそういう仕草が出てる気がするのよね」
なるほど、言いたいことは理解できた。
ん? ということは日常の生活の時とか気を抜いているときはそういう仕草は出ていないってことで、俺の内面的には完全に男なままになっていると言えるといっていいのでは!?
あ、でもそういう時に仕草が出てたってことは、現実世界でも取引先との打ち合わせの最中にそういう仕草が出ていた……?
「リセさん? 貴女今ものすごい勢いで表情がアップダウンしたけどどうしたの?」
「あ、いえ。なんでもないです」
いや、別に現実世界で仕草とかで何か言われたことないし大丈夫なハズだ、きっと今の姿と相まってそう見えているだけのハズだ。
「あの……?」
「なんでもないです」
怪訝そうな顔をされたし、これ以上この件に関して考えるのはやめよう。そもそも取引先の相手とはもう二度と会うことは無いわけだしどうでもいい。
「ええと、武雷牙亜の部屋は?」
「ああ、そうだったわね! ごめんなさい、こっちよ」
彼女は小さく手招きをし先にあった階段を上り始めたので、俺とシードはそれについていく。
二階は、この世界によくある宿と似た感じだった……というか、普通に酒場兼宿屋だった建物を買い取った感じなのだろうか? 階段を上った先には廊下が伸びており、その左右にいくつかの扉が並んでいる。
階段を上り終えた女性は、ある部屋の前で立ち止まると扉をコンコンとノックする。
「武雷牙亜? お客さんいらしたわよ」
「空いてるから入ってきてくれ」
部屋の中から返事が返る。それを聞き、女性はこちらに振り向くと
「それではごゆっくり」
そう告げて、立ち去っていく彼女に頭を下げる。
「……あの子なら、中身が男だったとしても本気になってもおかしくないかもね……」
あの、去り際にぼそっと妙な事をつぶやいていくのはやめませんか。あとシード、お前また表情筋が緩んでるから引き締めろ。
シードの脇腹を肘でちょっと小突きつつ、俺はノブに手をかけ扉を押し開いた。
部屋の中は、外側から見た通り宿屋の一室といった風情だった。そこに追加していくつかの私物が並んでいる感じか。そしてその部屋の中央に一人の筋肉質な男が立っていた。
「よう、リセ、シード。よく来てくれたな」
「お久しぶり。こっちでは私は初めてね、武雷牙亜」
満面の笑みで声を掛けてきた武雷牙亜に、前回遭遇した時はいなかったシードがそう返す。
その横で俺は返事を返さず、武雷牙亜を見つめる。
「……どうした、リセ?」
問いかけてきた武雷牙亜に、目を細めジト目になって俺は答えた。
「ごめんなさい。あと殴らせろ」
「前後のセリフが繋がってないんだが!? というかごめんなさいって何!?」
疑問を持つのは殴らせろの方じゃないのか。まぁいい。
俺はため息を吐いて、そういえば先ほどの女性の名前を聞いていなかったなと思いつつ答えてやる。
「下にいた女性にお前のプロポーズが本気じゃないかということを匂わされてな。まさかとは思うが一応本気だったら悪いので正式にお断りする意味でのごめんなさいだ。その上で俺にいろいろいらんことを考えさせた罪で殴らせろ」
「その考えさせたのは俺のせいではない気がするぞ?」
俺もそんな気はするがいろいろな気持ちの持って行き所が欲しいんだよ。
半目で見上げる俺の姿に、武雷牙亜はため息をついて答える。
「まぁ安心しろ」
……ったく。
「一回断られたくらいで諦める俺じゃないからな」
はい?
「前回は50%だったが今は70%くらい本気になっているぞ」
安心できねぇーーーーーーーーーーーーーー!
俺は武雷牙亜の方に踏むこむと大きく体をぶん回し、ひねりを加えて奴の脇腹に蹴りを入れる。
「っ!!」
そして一歩下がって武雷牙亜から距離をとると、俺は奴の体に叩き込んだ足の脛を抑えて座り込んだ。
「……痛かったのね?」
覗き込んで聞いてくるシードに頷きを返す。叩きつけた脛がズキズキする……。
見上げてみれば武雷牙亜は平然としている。蹴った方だけダメージ受けているってどういうことだ。岩鉄にはこういう事をしないので気づかなかったが、純魔術師系ビルドと近接系のビルドのパラメータ差でここまで違いが出るのかよ。
「リセ、こちらに来て表情が細かく出るようになって可愛さが増したよな。涙目も可愛いぜ……?」
「うるさいしね」
「言葉使いは前のままだなぁ」
「当たり前だろ」
なんとかゆっくりと立ち上がる。すると武雷牙亜は俺の全身を一瞥し
「でも衣装は可愛い服を着ているじゃないか。それ戦闘用装備じゃなくて普段着だろ」
「似合ってるでしょう?」
「すごく」
ふふ、と笑いながら言うシードに武雷牙亜が頷く。
「……ギルドメンバーに着ろ着ろいわれるんだよ。別にアバターに可愛い服を着せるのはおかしな話じゃないだろ」
「おう」
俺の格好は以前フルハイムで買った例のスパッツ付きの服だ。正直俺自身もリセには似合ってると思うし、今となっては割り切って嫌々着ているわけではないのでこれに関しては強く否定もしない。
はぁ……とため息をついて、俺は武雷牙亜に言う。
「とりあえずお前はゲームをしてた時の声を思い出して、俺がおっさんという事を思い出せ」
「別に忘れちゃいないぜ? 大体割と元が同性でもこっちに来てカップルになったり結婚した奴らもいるし、俺の持つ感情も何もおかしくないな」
「別に他の連中がどうしているのかは知らんが、俺自身は女の子が好きなので自分自身が女の子側になる気はないんだわ」
「ふむ……今はまぁそういう事にしておこう」
今は、じゃねぇんだが……まぁいいか今は。そう頻繁に顔合わせるわけでもないしこいつを説得するのもめんどくさい。そもそも俺達が今日ここに来たのはこんな話をするためじゃないし。
なんか脱線したままここまで来てしまった感じがあるが当初の目的を思い出し、俺は言った。
「武雷牙亜。改めて聞くけど体の方は大丈夫なのか?」




